隻翅の螢

 

 

あなたに、会いたい。
長い長い眠りの果てに、せめてもう一度。
あなたに、触れたい。
遠い遠い光の中で、せめて一度でも。

 

 

 

闇の奥に ひとすじの小さな小さな光
ふらふらと 危うげな弧を描いて泳ぐ


誰も知らない 一匹の螢がいた
片方の翅に傷を負い
高く飛べない 一匹の螢がいた

 

ある朝
渇いた喉を潤そうと 立ち寄った森の水辺で
螢は 美しい美しい蒼に出会った


木陰に息づく一輪の薔薇
まるで陽光を厭うかのような その場所で
他のどんな花よりも 毅然と咲いた一輪の薔薇

 

瞬間
螢は
一目で恋に堕ちていた

 

蕾のひらく昼は明るすぎて
どんなに命を燃やしても このちっぽけな光は届かない
ようやく訪れた夜の闇の中では
蕾はいつも固く閉じて 決して何者をも寄せ付けない


叶うはずのない 虚しい片恋


それでも螢は
一枚だけの翅で 空を目指した
せめて あの蒼い花びらに近づきたくて……
一枚だけの翅で 空を目指した

 

視界を覆いつくす 美しい美しい蒼
もう少しで あの薔薇に触れられる―――
夢にまで見たその色に 身を寄せようとしたそのとき


闇に毒々しく 狂い咲いていた
大輪の赫い薔薇の棘が

 

螢の 最後の翅をもいだ

 

音もなく水面(みなも)へ堕ちた螢を
受け止めたのは 夜咲きの白い睡蓮
傷だらけの 哀れな螢のために
広げられた 柔らかい花びらの寝床で


もう二度と飛べない螢は
静かに 静かに……
その命の焔を溶かしてゆく
 

もはや遠すぎる あの蒼い薔薇に
抱き締められる 夢を見ながら……

 

 

 

翌朝
いつもと同じように 差し込む朝陽に揺り起こされ
目覚めた薔薇の 蒼い花びらから


小さな露が ひとしずく―――
水面へと 零れ落ちた瞬間


もう花を閉じた 白い睡蓮の
えもいわれぬ 甘やかな残り香の奥が

 

 

ほんの一瞬……
強く 強くきらめいた

 

 

 

<Fin.>


 


 後書き…というか補足というか(爆)
 螢とか睡蓮とか、微妙に和風テイストな比喩ですみません^^; 管理人が和風スキーなもので…
 でも睡蓮のイメージは日本産のハスじゃないんです。「サンタレン・ドワーフニムファ」という南米産の花です。
 夜咲きの真っ白い睡蓮で、独特の甘い香りがするんだとか。…これで毒があったりしたら完璧なんですが(笑)
 いつか本物を見てみたい、興味津々の花ということでチョイス。
 蒼薔薇は現実離れした美しさ、のイメージで。赫の方は当然ながら血の色で。(^_^;)
 螢は…この前、家の庭で光ってた光景にインスピレーションを得て、なんとなく(爆)

 今回はちょっと趣向を変えてみましたが、たまにはサクッと書き終わる散文詩も楽でいいなあと実感…(滅)
 ここまでお読みくださり、有難うございました!^^

 

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