―――分かっている、こんなことはただの一時凌ぎ。 姑息極まるビジネスライク。 それでも。 自己満足を誰に嘲笑われようと、それでも、あの高潔な男を汚さずにすむのであれば。 泥でも、血でも、幾らだって被ろう。 怖気を振るうような屈辱に耐えるのは、自分だけでいい。 胃の奥から、胸の裡から、こみ上げてくる諸々を飲み下すと、男は薄く微笑を拵え、目前の遊戯に没頭した。
Businesslike.****
「……で? 結局はまた先延ばし、というわけか」 「…は。 申し訳ありません」 カラン、と揺らめく氷の涼やかな音。 白い手の中にゴブレットを弄びつつ、男は気怠げな瞳で部下を見やる。 神妙な面持ちで頭を下げる部下―――ダッシュウッドは、つい今しがた、一仕事終えたその足で報告のため、結社へと戻ってきたばかりだった。 今夜の得意先は、最近任された新しい客人、ゲオリク・ザベリスク伯。 彼の抱える、8000万ゼクにも及ぶ巨額の負債の取立て。 それがダッシュウッドに課された仕事なのであるが。 当の客には、返済期限を1年延ばせと無下に突っぱねられた。 元々、彼本人のこさえた借金ではなし、加えて一朝一夕に用意できる額でないことも確かで、気持ちは理解できないこともない。 押し問答の末、とりあえずは多少の心付けだけ、交渉料としてせびっておいた。 それはいい。 そこまでは、まあいいのだ。 問題はこれからだった。 この、ひどく気が荒く、短気でプライドの高い、気まぐれな主―――サンドウィッチ伯爵を納得させる口利きをせねばならない。 本業などよりも余程、気の滅入る義務だった。 「…それで……差し出がましいようですが、サンドウィッチ伯爵。 …あの、やはり裁判沙汰に?」 主の顔色を窺いながら、ダッシュウッドは躊躇いがちに切り出した。 ゲオリクにはああ言ったものの、このサンドウィッチという男の気性を嫌というほど熟知しているだけに、目下の心配事はそれだった。 こっそり自分が肩代わりした件は、今のところ誤魔化しきるつもりでいるが、―――仮に旦那の身にまで、危険が及ぶような事態になれば。 そのときは、洗いざらい打ち明けねばなるまい。 主の逆鱗に触れることも覚悟で。 「……どうかな。 向こうの今後の出かた次第では、それも一つの選択肢ではあるが……」 応えるサンドウィッチは、ダッシュウッドが恐れていた程には気分を害していない様子だった。 声色に、どこか駆け引きでも楽しんでいるような節がある。 日頃、思い通りに動かない物事に対して手段を選ばない彼にしては珍しいが、或いはこれも計画のうちなのか。 主の思惑はまだ、ダッシュウッドには茫漠と見えてこなかった。 「まあ、次の手を考えておくか……時間はたっぷりあることだしな。 ……それはそれとして、ダッシュウッド」 「はい」 この声に呼ばれると、無意識に背筋が一瞬、張り詰める。 拾われた当時から、あまりいい思い出のない経験ゆえに身についてしまった習慣だった。 豪奢なソファに悠然と長身を預けるサンドウィッチは、傍らに立つ部下の硬い表情をどう思ったのか、蠱惑的な冷笑を湛えた、不吉に美しい顔を上げた。 「この件に関して、私はお前に一任してある。 商談が円滑に進まなければ、それはお前の力不足だと思うが?」 「…仰るとおりです。 申し訳ありません…」 ―――やっぱ、こっちに矛先が回ってきたか……と、ダッシュウッドは内心で苦笑した。 育ての親でもあるサンドウィッチ伯爵は、他の世間知らずな客などとは違い、口八丁手八丁の通じる相手ではないことは重々承知だ。 …となれば、この結社独自の方針に賭けるしかないだろう。 かなり、原始的な方法ではあるけれども。 「お前もプロだ、いつまでも仕事を覚えたての子供ではない。 …失態の自覚があるのなら、言うまでもなく、それなりの埋め合わせも考えてあるのだろうな?」 「はい」 主のその科白に、かえって腹が据わった。 恭しく膝を付くと、ダッシュウッドは主を見上げ、用意してあった答えを返した。 笑顔が引き攣らないよう細心の注意を払い、つとめて冷静な声を意識しながら。 「……ご期待に添えなかった代わりに、と言うのは何ですが……戯れの悦楽の時間を、サンドウィッチ伯爵に。 誠心誠意を尽くして、ご奉仕いたします……」
主から受け取った報酬の分、ゲオリクから頂戴したチップの分。 労働で足りなければ、この身を張って補填するまで。 笑えるほどにシンプルだが、これも理に叶ったビジネスだ。 ―――食うや食わずの生活に日々追い立てられていたあの頃、貧民街では十に満たない小娘だってやっていた。 今の自分にできないはずがあろうか。 任務不履行の責任として、自分が償えばいい。 ……それで、彼に降りかかる火の粉を少しでも払えるのなら。
ほう、と目を眇めてサンドウィッチは、足元に跪く若い部下の顎を捕らえ、その瞳を覗き込んだ。 撥ね付けられたら最後、という緊張の、その奥にある情火の片鱗を見て取って、男もまた双眸に色を灯らせた。 「……言われてみれば、お前とは結構、ご無沙汰だったな。 随分と物欲しげな目をして……淋しかったのか?」 「…はい……私は……ッ」 不意に、熱に浮かされたような表情で腕を伸ばすと、ダッシュウッドは主の胸に縋りついた。 「……欲しかったんです。 ずっと……サンドウィッチ伯爵の手に、触れて欲しくて…っ」 怯える子供のごとく取りすがり、かき抱きながら、自分で自分に湧き起こる眩暈を堪える。 茶番だ。 どれほど浅ましい痴態を演じているか、とても意識したくない。 したら、心身ともに萎えてしまいそうだ。 部下の捨て身の態度を静かに吟味するかのような、サンドウィッチの沈黙が、ダッシュウッドには恐ろしく長く感じられた。 「………まあ、良かろう。 ちょうど退屈を持て余していたところだ。 今宵はお前に慰めてもらうとしようか…」 「…あぁ……、有難うございます。 ……ッ、サンドウィッチ、伯爵……」 三文芝居に騙されてくれたとは思えないが、とにかく目的は果たせそうだ……と、安堵に脱力できたのは一瞬だった。 性急な手は間を置かずダッシュウッドの後ろ腰をなぞり、上着の裾から侵入してくる。 密着させるように身体を寄せて、ダッシュウッドは低い声を僅かに上擦らせ、陶然とした喘ぎを繕った。 そういった空気を作り出す術くらいは心得ている。 感じるフリさえしてやれば、その気にさせるのは容易い。 ―――例えば嫌悪感に押し潰されるように吐く熱い息も、直に触れられて粟立つ肌も。 すべて、官能に溺れてのものと思わせてしまえばいいのだ。 ダッシュウッドは今から始まる『悦楽の時間』を思い、吐き気に歪む表情を隠すために主の肩へと顔を埋めた。
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通された部屋はサンドウィッチの私室の付近に位置する、小さな礼拝堂だった。 毎週日曜に定例の黒ミサが執り行われる大聖堂が完成する以前、宴の広間として使われていた場所。 現在は数ある準備室の一つとして、供物とされる予定の人間たちの適性検査―――と称した乱交や輪姦―――を行なうための空間となっており、手術台代わりの巨大な祭壇や、怪しげな道具には事欠かない、まさに今回の話にはうってつけの場というわけだ。 もっとも、相手が複数でないだけ気楽なものだ…と、退廃的な理屈で己を宥めるダッシュウッドだった。 「さて……服を脱いで、そこへうつ伏せになりなさい」 祭壇を顎で示す主に、ダッシュウッドは黙って従った。 装飾品を外し、衣類を一枚ずつ床に落としていく。 その一連の動作も、投げやりにならないよう気を配る必要に迫られた。 湿った視線が背後で評価しているからだ。 大理石造りの祭壇に身を横たえると、硬く、冷たい感触が胸や下腹部、両の腕や脚に染み渡る。 その感覚に慣れる隙も与えず、サンドウィッチは当然のように縄を持ち出し、ダッシュウッドを後ろ手にきつく縛り上げた。 「昔ならいざ知らず、今のお前に暴れられでもしたら、私一人で抑えるのは骨だからな。 悪く思わないでおくれ」 ―――サディストめ、とダッシュウッドは胸のうちで密かに毒づいた。 こちらから持ちかけた取引なのだ。 ここでどんな無体や暴行を被ろうが、もとよりダッシュウッドに抵抗の権利などない。 サンドウィッチとて充分すぎるほど承知している。 部下の屈辱感を煽るためだけにやっているのは、火を見るよりも明らかだった。 サンドウィッチは身動きの取れなくなった男の浅黒い肌に触れ、肉の筋をなぞり始めた。 引き締まった体躯の感触を確かめるような手つきで、肩へ、背中へ、腰へと愛撫を拡げていく。 やがてそれが双丘にまで下りると、やおら力を込めて、肉を揉みしだく。 奥まった部分に指の腹を軽く沈められ、ぞくりと悪寒に震えたダッシュウッドが喉を反らせて浅い息を継いだ。 「……やはりいい身体をしているな、ダッシュウッド。 よく鍛えられているし、無駄な肉もない、が……いかんせん硬すぎるようだねぇ。 食べやすくするためにも……少しばかり、叩こうか―――」 いきなり、サンドウィッチの革鞭がうなりを上げた。 したたかに背を打たれ、身構えきれなかったダッシュウッドの短い悲鳴が上がった。 すかさず二度目が、今度は脚へと襲いかかる。 息の詰まりそうな激痛に耐えるため、ダッシュウッドは固く目を瞑って奥歯を食い縛り、懸命に声を呑み込む。 部下の強情をかえって楽しむかのように、間髪入れず踊る鞭の、肉を打ち据える乾いた音がしばらく礼拝堂の壁に響いた。 「…う……く…ッ」 身体を幾度も裏返されては、胸をいたぶられ、双丘を打たれ、縮かむ四肢をあらゆる角度から痛めつけられる。この男の愛用する棘鞭は、普通の鞭とは効力において桁違いだ。 打たれる者の皮膚を裂いて無数の血の筋を刻み、忽ちのうちに体力を削ぎ取ってゆく。 サンドウィッチがようやく手を休めた頃には、真っ赤なミミズ腫れにも似た生傷を満身に拵えて、ダッシュウッドは肩を喘がせていた。 そこへ、さらなる追い討ちをかけるかのごとく、金髪の男は部下の双丘を割り拡げるようにして、棘に覆われた鞭の付け根を押し込み、擦り上げた。 「……ぐ…、ぅッ……!」 噛み縛った歯の奥からダッシュウッドの、殺しきれない呻きが零れる。 苦痛に身をよじる部下へ嘲笑の一瞥をくれると、サンドウィッチは鞭を傍らに置き、代わりに祭壇の上部に供えられた、大ぶりのボトルを手に取った。 「……、……そ…れは…」 「ああ、聖血だよ。 本来、お前一人に使うようなものではないが……今夜は、せっかくのお楽しみだからな」 黒ミサに用いるワインのことだ。 もっとも、儀式では教会で配られるような普通の葡萄酒のままではなく、男の精液やら女の経水やらを混ぜ、とても飲用とはしがたい代物に仕立てるのだが。 飲まされるのか、と思わず胃が嘔吐(えず)きかけたダッシュウッドだったが、すぐさま、そのほうが幾らか楽だったと思い直さねばならなくなった。 「『杯を取るが良い。 これは契約の血である』―――」 聖餐の真似事じみた説教を呟いて、背徳の美酒の封を切る男。 繊細な金細工の杯へと最初の一杯を落とし、自らの唇を潤すと、祭壇に捧げられた“生贄”の上でボトルを傾け、その身体へ深紅色の液体を注いだ。 「……ぁ、う……ぅぁ…ぁ…」 途端、押し寄せてきた疼きにダッシュウッドは背をのけぞらせた。 ただでさえ熱を持って膿みかけている身体の傷に、灼けるほどの熱さでワインが沁みて、針の毛布にくるまれたかのような激痛をもたらす。 そのうえ、全身をくまなく濡らすように身体を転がされながら、隅々まで液体を擦り込まれ、生理的な涙に視界が滲んだ。 痛みにおののく部下を再度、うつ伏せにさせたサンドウィッチは、崩れそうな腰を引き上げて双丘を掲げさせると、その狭間へなみなみとワインを流し、 「…さあ……お前もたっぷり、この血を味わうといい……」 肉奥で閉じている秘襞の内側へ、強引にボトルの口を捻じ込んだ。 ひっ、と息を引き詰めたきり、声すら出せずに身をこわばらせたダッシュウッドの体内に、『聖血』は滔々と流れ込んでくる。 怖じる下肢を押さえつけ、零さないよう注ぎ入れながら、同時にそこへ緩慢な抽送を加え始めた。 「……ん………ん、…く…ぅ…」 決して激しくはない、むしろもどかしさすら覚える動きに、しかしダッシュウッドは翻弄され、えもいわれぬ昂揚に酔いつつあった。 粘膜から吸収された純度の高いアルコールの効能なのか、……或いは、それ以外の何かが酒に混ぜられていたのか―――子供の時分からもはや的確に把握されている、内部の弱い部分へボトルの先端をあてがわれ、捻じ回されると、ダッシュウッドは極まったように、祭壇をしどけなく濡らしてしまっていた。 「……ちゃんと達(い)けたじゃないか。 お前はどうも昔から、こちら側の感度は今ひとつだからな…」 揶揄うように笑いながら、サンドウィッチは挿入したボトルをゆっくりとした動きで抜き取る。 解放感に自失していた男はその言葉でやにわに自分を取り戻した。 眉をしかめたのは、むせ返りそうなまでに立ちこめた、酒と体液の入り混じる匂いのせいばかりではなかった。 ―――流石に痛いところを突いてきやがる、と思う。 ダッシュウッドはこの結社で育った多くの構成員たちの例に漏れず、女にはほとんど食指の動かない性癖を持ってはいるものの、サンドウィッチお気に入りの他の部下―――例えば幼なじみのリュースブルグ―――が得意としているような、主の欲をその身に受け止めて楽しませる、という芸当が基本的にできない。 その理由は至極単純で、彼もまた主と同じく、睦み合いの際には相手の奥でしか精を遂げられない、要するに挿れられるよりも挿れるほうが感じる男だからだ。 前立腺を直に刺激されれば勃起はするが、それだけでしかない。 主もそれを知っているのか、ダッシュウッドを抱くとき、彼は常に嫌がらせのように苦手な後ろばかりに固執し、苛んでくる。 サンドウィッチの雄を銜え込んで彼を満足させ、同時に自分も性的快感を得る―――そんな行為には未だ慣れきれず、気を抜けば足が竦み、無理だ、できないと泣き叫びたくなる己がいる。 それでもこの身体を、なんとか駆使して主を悦ばせなければ。 ここで彼の不興を買うわけにはいかないのだ。 ダッシュウッドは何度か唇の端を舐め、気力を奮い立たせると、欲情に蕩けた瞳でサンドウィッチを見上げた。 「……伯爵…、……舐めさせて…ください………伯爵の……」 意識したわけではないが、甘えるような声色がごく自然に喉からまろび出た。 媚びも板についてきたもんだ、と頭の奥のどこかで、冷静に己を見つめる自分自身の声が聞こえた気がした。 「なるほど、得意な方面で来たか。 ふふ……構わないよ、いい心がけだ」 勃たせるならお手のもの、その点については主も知るところだ。 久々に自慢の舌を堪能させてもらおうか…、とサンドウィッチは玩具でも扱うような気軽さで、部下の赤銅色の髪を引っ掴む。 ダッシュウッドは既に怠(だる)い身体を叱咤する心地で顔を起こし、くつろげられた男の下肢を口に含んだ。 「……ん、……ぅ…ん…」 鼻に抜ける自らの媚声を別人のもののように遠く聞きながら、しっぽりと舌で包み込み、口腔のすべてを使ってそれを味わった。 時折薄く開けた視線を上げると、サンドウィッチの白い顔に浮かんでいる微かな紅潮が、その興奮を伝えてくる。 瞬く間に角度を帯び、硬く脈打ち始めたものを夢中でしゃぶり、貪り続けた。 ―――と、 「…ぅぐ……!」 サンドウィッチの両手に荒っぽく髪を掴まれ、頭を引き寄せられてダッシュウッドは呻く。 ぐっ、ぐっ、と繰り返し捻じ込まれる先端が喉奥を突き、幾度も噎せかけた。 出される―――と覚悟した瞬間、 「う……ッ、…ん、ぁぁっ」 力任せに頭を剥がすようにして曳きずり出され、息苦しさに歪む顔面へ、サンドウィッチは熱い精を迸らせた。 酸素を求めて忙しく揺れる部下の肩を優しく撫で、その顔や髪に飛び散った白濁を舐め取りながら、男は感嘆の溜息を漏らした。 「相変わらず上手いな……とても悦かった。 舌を使わせたら、カンタレラでもお前には及ばないかもしれないね」 唐突に出てきた幼なじみの名に、一瞬、ダッシュウッドは鼻白んだ。 …思い出せば、刻限が気にかかる。 この時間帯なら、まだ店を閉める準備でもしている頃だろうか。 ―――とにかく、あいつが戻ってくる前には終わらせねぇと……。 主を崇拝してやまない彼に、こんな濡れ場を見咎められたくない。 ただでさえ自分に素っ気ないあの氷の美貌に無言で見つめられる怖さを想像し、ダッシュウッドは首が竦む思いだった。 頼むから、鉢合わせてくれるなと。 徐々に焦りの色を濃くし始める部下の様子に気付いてか否か、サンドウィッチはダッシュウッドの身体を仰向けに転がし、その上へ逆向きに跨ると、反応しかけているダッシュウッド自身を手の中へ捕らえた。 「……さあ……もう一度、楽しませておくれ。 私も、お前のを悦くしてあげよう…」 返事の代わりにダッシュウッドは、命じられるがまま、眼前に突きつけられたそれを頬張り、舌を絡ませていく。 そんな部下を満足げに見やり、サンドウィッチもまた、毒々しく赫い唇を開き、舌を躍らせ始めた。 口腔と指先とで芯を閉じ込めるかのように嬲りたて、また、空いた手で『聖血』に犯された秘蕾の襞を押し開きながら、内部をまさぐった。 おそろしく長けたサンドウィッチの技巧は、幾らも経たずダッシュウッドの若い性を陥落させてしまう。 いつしか銜えることも忘れ、責められるばかりになった男は、ままならぬ呼吸を乱し、腰をよじっていた。 「……はぁっ……ん…あッ、…伯、爵……も、もう…、オレ……」 「限界か? 可愛いな……アガシオン。 大分、感度も良くなってきたじゃないか……」 忌み嫌う別称で呼ばれることにさえ、うっすら被虐めいた悦楽が走る。 小刻みに上下する下肢を押さえ込んだサンドウィッチが玉茎に歯を立て、内奥の感帯を強く引っ掻くと、ダッシュウッドはくぐもった喘ぎと共に遂情した。 強烈な快感に身体じゅうが痺れ、やがて弛緩する。 内部を探られて女のように達(い)かされる屈辱と恍惚の余韻に浸りながら、ふと、瞼の裏で黒髪の男の姿を思い描いた。 ―――もしも、…ありえない馬鹿げた仮定ではあるけれど、もしもあの人と肌を合わせるようなことがあったら。 彼も、こんな風に感じてくれるのだろうか……あの硬質な美しい声を艶めかせ、絹糸のような髪を振り乱して。 そんな夢想にしばし溺れていたダッシュウッドは、圧し掛かる体温が離れていったことに気付くのが遅れた。 我に返り目を開けたとき、サンドウィッチは祭壇の横にしつらえられた棚を何やら物色しているところだった。 ややあって、男の手がそこから探り当てたもの。 それは、琥珀色の酒とも薬ともつかない、芳醇な香りの液体を満たした瓶だった。 しかし、じっと注視するダッシュウッドを僅かに警戒させたのはその液体ではなく、瓶底に収められている、けばけばしい模様に彩られた小さな蛇の存在だった。 主が今ここで手にしたということは、死骸とは思えない。 めまぐるしく思考を巡らせるダッシュウッドは、先刻の睦みで奉仕を忘れて自分だけが達してしまったことに思い至り、その咎めを受けるのだろうかと危惧する。 が、それについてはサンドウィッチは特に言及するつもりはないようで、ダッシュウッドの謝罪を受け流した。 では、何を…? 見えない不安に駆られ見つめてくる部下の、怯えを心地よく受け止めて男は微笑した。 「……単に肉体を繋ぐだけのセックスでは物足りなかろう? 何せ、まだ考え事ができるほどに余裕を残しているようだからな。 スパイスが欲しければ、遠慮せずにそう言えばいいものを……」 クク…と淫靡に声を震わせるサンドウィッチの言葉の意味するところは―――動揺に揺れていたダッシュウッドの瞳が、にわかな戦慄に凍てつく。 「…さ、サンドウィッチ伯爵……」 主の意図を察し、流石に蒼白になったダッシュウッドは、無駄と知りつつも祭壇の上を後ずさった。 艶然と笑うサンドウィッチの手に足首を抱えられ、上から重みをかけられると、気休め程度の逃げ場までも奪われてしまう。 「ま、待って……待って、ください…っ」 「そんなに怖がらなくていい。 無害ではないが、毒性を弱めてある蛇だ。 万が一噛み付かれたところで、死にはしないよ……しばらくの間、頭がぼうっとするかもしれないがね」 言いながら涼しい表情で瓶の中へ手を突っ込み、事もなげに毒蛇を掴み出した。 びちびちと雫を撒き散らし、そのグロテスクなまでに鮮やかな色彩は、サンドウィッチの指の間で狂ったように踊る。 やめてくれと、声を上げる間すらない。 男はダッシュウッドの膝を胸の辺りまで押し上げると、勢いよく身をくねらせる細長い生き物の頭部を、こわばった双丘の中央に沈めた。 後は尖った爪でも立ててやれば、身の危険を感じた蛇が勝手に侵入していくだけだ。 「ッア―――あ、あ、あああぁぁっっ」 みっともなくも悲鳴が裏返る。 死に物狂いで跳ね回る蛇に、肉壁を滅茶苦茶に掻き乱され、ダッシュウッドは目を剥いてのた打ち回った。 祭壇から転げ落ちそうになるのを、サンドウィッチが太腿をすくい上げて支えた。 びくびくと痙攣を繰り返す身体を、秘部を、余すところなくじっくりと、舐めるように観察されているのが分かる。 それでも、ダッシュウッドは懇願した。 「…ッは、くしゃく……ッ! い、イヤです、あ、…こ、こ…んな……こんなモ、ノより、…あ、あなたが……!!」 筆舌に尽くしがたいこの不気味な感触から逃れられるなら、男のそれを挿入されるほうが遥かにましだった。 「あ、なたが……い…い…っ、…お、願……、あ、ぁっ」 「……私が、いい? …さて、どうしてほしいと?」 取り乱す部下をこの上なく楽しげに眺めながら、サンドウィッチは意地悪くそこに爪を這わせた。 虚勢も体裁もかなぐり捨て、ダッシュウッドの声が、細く、哀願に近くなる。 「ぅ…、そこ……に、欲しい…挿、れて……挿れて、くださ……い…っ」 「……いい子だ。 いつもそんな風に素直だと、可愛げもあるのだがねぇ…」 愛しそうに微笑み、男は汗に乱れた育ての子供の前髪をかき上げてやると―――そのまま、一気に貫いた。 鋭い苦鳴が再び迸った。 逃れようとした身体を曳きずり戻し、サンドウィッチは埋め込んだそれで腰を掻き混ぜるように、荒々しく動いた。 かぶりを振って悶えるダッシュウッドの、敏感な一点を集中的に突き、責め立てる。 「どうした…? 私のこれが欲しかったんだろう?」 「…違……っ、…ぃ、うッ、……ン…ぅ…ッ」 それ以上の抗議は口付けによって封じられた。 冷たくも熱くも感じられる舌が、ねっとりと脳髄にまで忍び込み、溶かしていくかのようだ。 強く舌を吸われるだけで、じぃん…と甘い痺れが全身を翻弄する。 本当に、頭がどうにかなってしまいそうだった。 やがて、ダッシュウッドの口腔を貪り尽くした唇をゆっくり離すと、男はコートの内側から細いペンを取り出した。 黒く光る柄の先端を舌先で一撫ですると、組み敷いた脚の間の、今にも遂情しかけている芯を捕らえ、亀頭へとその柄を押し当てる。 「! やめ……っ」 気付いたダッシュウッドが制止の声を上げたときには、細い杭は根元まで差し込まれていた。 激痛に身を引き攣らせれば、意思とは関係なく内壁までもが蠕動し、窄む。 その動きは大層サンドウィッチの気分を昂揚させたようで、容赦なく腰を使いながら、同時にダッシュウッドの中心を弄びにかかった。 「…ぅ…ッ、…あ、あぁ……、あ…ッ!」 栓をされたままのそれをきつく扱かれ、穿たれた下肢をこれでもかと揺さぶられれば、さしものダッシュウッドも苦鳴を殺せなくなる。 …その苦痛の奥から突き上がってくる官能が、抗う理性を掻き乱し、剥がし始めていた。 そこを、サンドウィッチはなおも追い詰めた。 別々の生き物のごとくに絡み付き、締め上げてくる五本の指。 「…く…っ、…や、めてくださ…」 喘ぐ息の下で訴えようとも、屈辱を抑え込んだ瞳では、サンドウィッチの嗜虐をいたずらに満足させるばかりだ。 どこをどうすればこの部下が音を上げるかを知り尽くしている男は、酷薄な笑みの刷かれた唇をダッシュウッドの耳朶に押し当てると、舌先で嬲りながら囁いた。 「……大分、つらそうだね。 そろそろ抜いて欲しいか?」 ちろちろと蠢く舌の感触には総毛立ったが、なりふり構っていられる余地などもはや残されていない。 ダッシュウッドは唇が薄く裂けるほど噛み締めて、壊れたオートマターのように幾度も首を縦に振るしかなかった。 「いいだろう……ただし、片方だけだ。 前か後ろか……どちらがいい?」 緩やかではあるが動きを休めることなく、サンドウィッチが問うてくる。 絶え間ない圧迫感と疼痛にともすれば霞みそうな意識の最奥で、前か後ろか、男のその言葉だけが反響する。 ―――達(い)きたい。 じりじりと煮え滾る、行き場のない熱に生きたまま燻られているような、この息苦しさから逃れたい。 「ぅ…、……前…を…」 「……こちらか。 分かった」 「…あっ……ぁ、…ひッ!」 ダッシュウッドの下腹部を愛撫する指を滑らせ、堰き止めていたものをいったん半ばまで引き抜いてから、サンドウィッチは再びそれを一息に捻じ込み、また引き抜く、といった抽送を繰り返した。 抜き差しするたび、ヒッ…と喉から攣れた息を漏らすダッシュウッドの苦悶をひとしきり味わうと、白蜜に濡れた栓をゆっくりと抜き去った。 耐えがたい疼きからの解放に、硬直しきっていた全身が僅かに抵抗を弱める。 その一瞬を衝いて、 「―――ぐ、あぁぁ……ッッ!」 今まで以上の衝撃と激痛がダッシュウッドを襲った。 長身の男が挑みかかるように覆い被さってきたかと思うと、細身からは想像もつかないような凄まじい力で、腰を叩きつけるかのごとき律動をいっそう速めてきたのだ。 「…っあぁッ! うぁっ、あッ、…あ、ぅぐ…っ!」 「……そう、それでいい……アガシオン。 もっと善がり狂いなさい。 感じるまま、可愛い声で鳴いてごらん……」 穏やかな声音とは裏腹に、サンドウィッチの責めは執拗で、激しい。 ひたすらに最奥を突かれ、抉りたてられるダッシュウッドは、陸に打ち上げられた魚のようにひくつき、もがいた。 まともな思考など、とうに働いていない。 悲鳴に近い嬌声を抑えることさえ、頭から完全に消し飛んでいた。 がくがくと揺れる腰の両側を鷲掴む、サンドウィッチの双眸は既に、男の皮を脱ぎ捨てた牡のそれだった。 「……もっとだ…、もっと、もっと歔(な)け。 達(い)ってみせろ……私を、達かせてみろ……!!」 「ひ、ぎ……ッあ、あッ、…ぁあ…っ……イ……ック、…ッああぁぁ―――ッッ!!」 追い上げられる。 痛みはいつしか目の前が白むほどの快楽となって、ダッシュウッドに絶頂をもたらしていた。
その後、続けざまに幾度の吐精を強いられたのか―――ダッシュウッドが数えることもできなくなった頃、ようやくサンドウィッチは祭壇の上から身を起こし、押さえつけていた部下を解放した。 濡れた音を立てて無造作に引き抜かれた瞬間、とうに痛みの麻痺しつつあった箇所から、縋るものが急激に遠ざかっていったかのような、奇妙な喪失感にダッシュウッドは全身を震わせた。 うっすらと笑ったのはサンドウィッチだ。 育ての息子のあらゆる部分をさんざんに苛めた細い指をつと伸ばし、 「まだ足りなかったか? 困った子だ…」 ダッシュウッドの左の乳嘴を穿っている銀の環に掛けると、遠慮のない力で引っ張った。 「…う…っ」 ぐったりと脱力しきっていた身体が不意にこわばり、びくんとのけぞる。 それがサンドウィッチの加虐欲を疼かせたようで、そこを丹念にいたぶり始めると、同時に反対側の突起へと唇を這わせた。 淫りがましい舌の蠢きにまたも情欲を煽られ、さらに内腿を愛撫されるに及んで、ダッシュウッドは本気で狼狽し、かすれた声を絞った。 「ん……、ッあ…! ……さ、サンドウィッチ伯爵…ッ!」 やめてください……、と必死になって訴えた。 これ以上は、とても無理だ。 この後の仕事にだって差し支える。 サンドウィッチもそれは了承していたのか、或いは単にその焦燥ぶりが気に入ったのか。 存外、あっさりと嬲る手を引いてみせた。 「……まあ、今回の件はこれで不問としよう。 …ただし、次はこの程度では済まないとだけ覚えておくことだ……私もそれほど寛大ではないから、ね」 意味ありげな微笑を浮かべて手を伸ばし、床に散らばる部下の服を探って短剣を引っ張り出すと、ダッシュウッドの拘束を解いてやる。 腕の圧迫感は失せたが、しかし解放の余波に酔うことなど許されなかった。 刃の先はそのまま下腹部へ降りてきたかと思うと、皮膚が裂けない程度に押し当てられ、緩やかになぞってきたのだ。 「お前も、もう一人前の立派な男だ。 …ここを刻まれた上に切り落とされて、この私を受け入れるだけの人形に成り下がるのは嫌だろう…?」 「……っ、…は……い…」 中心をゆっくりと滑る鋭利な刃の感触。 本能的な恐怖に竦む男を嘲弄するように、サンドウィッチはその先端へ軽く刃先を食い込ませた。 ダッシュウッドはヒッと息を呑んだものの、しかしその動きの何かが倒錯的な劣情を掠めたのか。 くすぶりかけた熱に起こされ、角度をもって震えているそれの頂に、先走りが滲み、零れ出す。 クス、と男の嗤う気配。 かっと羞恥に俯いたダッシュウッドの反応に満足したと見え、サンドウィッチは短剣の先を汚した透明な雫を舐め取ると、 「―――では、私もこれから仕事があるのでな。 今夜はなかなか楽しめたよ、ダッシュウッド。 感謝しておこう」 部下を慰労する主人の声音に戻ってダッシュウッドの頬に軽い口付けを残し、機嫌よく礼拝堂を後にした。
触れるだけの、他愛もないキスだった。 まるで普通の親子の愛情表現のような、今までの乱行が嘘のような。 一気に毒気を抜かれ、緊張が解けたダッシュウッドはずるずると床に頽れた。 一時の気まぐれと分かりきった優しさが、―――それでも温かくて、彼を憎みきれない自分はとんだお人好しなのかもしれない。 「………ッッ」 体勢を変えた途端、奥で息を潜めていたものが思い出したように蠢き始めた。 異様なその感覚に耐えられず、ダッシュウッドは左手を噛んで声を押し殺し、焦げ付きそうな羞恥に戦慄(わなな)きながら、空いた手を後ろへとやった。 「……、…ぅ…ッ、…ふ……ッッ…!」 暴れ回り、更に奥へ上って行こうとする異物を必死に追いかけて、ようやくの思いで掻き出すと、渾身の力を込めて短剣を突き刺した。 ギィッ…と微かな断末魔と共に、白濁とワインまみれのそれなりに哀れな蛇が、ひくひくと力なく身悶え、やがて、動かなくなる。 ―――ちょっとした疑似体験だな……強姦で孕まされて、中絶する女の。 ぼんやりと蛇の骸を見つめるうちに、不意にそんなことを思う自分が可笑しくて、男は静かに笑い出す。 一度襲ってきたその発作は容易に収まらず、しばらくの間、そのまま笑いに身を委ねた。
こんなやり方でしか、大切なものを庇うこともできないのか。 我ながら、惨めだ。 情けない。 10年近くもこの世界で生きてきて、今更、一体何をやっているのやら。
……どうしてオレは、こんなにも汚いのだろう。 あの人と比べて、否、比べるべくもなく。 汚くて、ちっぽけで。 …なんという、無力な男なのか―――……
「……ふ、…くく、ックック…」 冷たい床に座り込んだまま、祭壇に突っ伏すようにして、ダッシュウッドはくつくつと肩を震わせ続けた。 こみ上げてくるものは笑いなのか涙なのか、―――これは絶望なのか。 自分でも、もう分からなかった。
<Fin.>
後書きですー。
S伯爵のペン。この時代設定だと普通は羽ペンだと思われますが、それだと入れても微妙だと思うので(滅)、細い万年筆みたいな感じの…ということでヨロシク…ご都合主義大爆発。 小説、久々に書きましたが楽しかったっす!機会があれば、懲りずにまた書きたいです。ダッシュの胸ピアスネタ(捏造)とか、旦那やリュース絡みの話とかも! とりあえず次の目標はS×ダシュゲオの3○もの(え ぇ ー) あとダッシュの処女喪失話(爆)。彼はウルフガング伯に会った当時には既に処女ではないと思います。 今後ゲオリクの旦那とガッツリ親しくなってあわよくば初夜!にこぎつけたとしても、「僕、ちゃんと綺麗な身体ですから…」※ とは言えないんですね彼は。なんてかわいそう…! …げふん、痛い話はこれくらいにして。 ここまでお読みくださり、本当に有難うございました!後味の悪い終わり方ですいません。; 余談ですが背景写真はフランスのサン・ヴァンサン大聖堂。…こんなエロ駄文の背景なんぞに使って、神罰が下っても文句は言えません己!(汗)
※ 某テニス漫画のラジオ番組にて、諏訪部さんが大学時代に教諭(♂)の自宅へ呼ばれて風呂に入れられそうになったという衝撃のエピソードを踏まえ、のたまった伝説の名言(己的に)。 ご存知の方は試しにダッシュ声に変換して聞いてみて下さい。 「まァたまた、トボケないで下さいよォ」と、あのチンピラ口調でツッコミたくなること必至です。 どうでもいいですが私、ダッシュの嫌みったらしい口癖「またまたァ」が死ぬほど好きです。あのやらしさが!
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