「ただいま! 兄様、まだ起きてる?」


 コンコン、と小気味よいノックの音に、同じく弾むような少女の声が被さる。
 そして、部屋の主も施錠をすっかり忘れていたドアは、家族の気軽さで難なく開かれたのだった。


「………あ、…ああ……リ、リス。 …お帰り…」
 大好きな兄の部屋へ、いつもと同様に入ろうとしたリリスは、一瞬、びくっと入り口で足を止めた。 寝台の上に腰掛け、レースの天蓋の向こうでうっそりと振り返った彼は、妹と目が合って表情を和ませる直前、どこか奇妙にぎらついた男の瞳をしていたからだ。
 それをリリスは、就寝を邪魔されての不機嫌と取り違え、軽やかだった声を少しだけ潜めた。
「…ごめんなさい、やっぱり眠ってた?」
「いや、…ああ、ちょっと…うたた寝してただけだ。 …それよりお前、どうしたんだ? 予定だと、帰るのは明後日じゃなかったか?」
 ―――いつまでも自分の顔を見に来る気配すらない婚約者に業を煮やした彼女は、数日前に従者を伴って、首都のカッセル邸へ強引に押しかけ……もとい、遊びに出かけていたのだ。 出立前の伝達によれば、確か帰宅は二日後のはずだった。 兄馬鹿のゲオリクが渋りながらも遠出を許可したのは、日程がちょうど毎月、定期的にやってくる借金取りの訪問の期日と重なっていたからで―――その借金取りをあっさり屋敷に上げたのも、家に誰もいない前提を踏まえてのゆえ。 ……だったというのに、何故、今ここにいるはずのない妹が……と、途方に暮れたようなゲオリクの愁眉にリリスは、どうやら芳しくなかったらしい旅行の土産話をし始めた。
「だってサンジェルマンったら、せっかく久しぶりに私が会いに来たっていうのに、ちっとも家にいないんだもの。 日曜でも、仕事があるって夕方まで王宮に入り浸りだし、帰ってきたらきたで、食事だけして研究室に直行だし。 ろくに相手もしてくれないのよ。 つまらないからさっさと帰ってきちゃったわ」
 唇をへの字に尖らせ、ぷんと可愛らしく憤慨する妹に、兄は勘付かれない程度の溜息と忍び笑いを零す。
 ハードランド科学技術庁の長官であり、歩く国家機密の異名を取る彼女の婚約者が、王家と隣国エーデルンとの関係にキナ臭さが漂い始めている今、国家研究機関からもたえず重宝され、新兵器の開発などにも携わっているらしい…との話は、噂づてにではあるがゲオリクの耳にも入っていた。 しかしそうした、王国の裏に蠢く闇の事情を知る由も、興味もない少女にとって、サンジェルマンは国一番の博士ではなく、将来自分と結婚する一人の男性にすぎないのだ。 そんな彼に、存在を無視されているようで淋しいのだろう…と、まだ年若い妹の心情は理解できなくもなかったが。
「…まあ、今はあいつも何かと忙しい時期なんだろう。 もう少し経てば、積もる話もゆっくりできるようになるさ」
「それだけじゃないわ。 聞いて頂戴、兄様!」
 なにか癪の種を思い出したのか、リリスはいっそうの不機嫌をあらわにして、ゲオリクのベッドの差し向かいにしつらえてあるチェアに腰を下ろした。 部屋に踏み込んだ刹那、ぎくりと兄が身体をこわばらせたのには―――幸い、不満が違う方向へ向いているらしい彼女が気付いた様子はなかった。
「彼、この前ミハエルと一緒にシルフィー王女のお茶会にお呼ばれしたって、フランツに聞いたんだから! 私がずーっと前から出たい出たいって言ってるの知ってるくせに、内緒で抜け駆けなんて。 病気で田舎に閉じ込められてた婚約者に対して、あんまりだと思わない? 私だって……勿論ギュントリンクでの今の生活も楽しいけど、本当は皆一緒にカーマゼンで暮らしたいのに…!」
 後半は少し拗ねたように、瞳を逸らして俯く妹の抗議を、ゲオリクは黙って聞いていた。 彼女の切ない乙女心に感銘を受けたわけでも、彼女の子どもらしい我侭に呆れたわけでもなく、単に本腰入れて相談に乗れるほどの冷静な心境でなかっただけである。 いつもは微笑ましく宥めてやれるはずの、鈴を転がすようなリリスの声が、なぜか二日酔いの頭のごとくにキンキン響く、気がする。
「……リリス……、もう分かったから、落ち着いてくれ。 サンジェルマンの奴には、今度会ったときに俺からもよく言い含めておこう……」
「そうして頂戴。 ……まったく、あの人ったら……私に割く時間はないのに、王女のご招待には応じるだなんて。 もうすぐ私を奥さんにするって自覚はちゃんとあるのかしら?」
 既に、単身赴任の夫の浮気を弾劾する妻さながらの言い草だ。 なるほど怒りの原因はそこかと納得しつつも、ゲオリクは相変わらず気もそぞろで、放っておくと明け方までもつれ込みそうな妹の愚痴をやんわり遮った。
「…リリス、お前も長旅で疲れてるだろう。 今夜はもう遅いから寝なさい。 話の続きは明日の朝にでも、ゆっくり聞いてやるから」
 その言葉にリリスは少々むくれたが、時計を見て、渋々とゲオリクの言い分を受け入れたようだった。 何と言っても、お兄ちゃんっ子な彼女のこと。 すぐに気を取り直し、愛すべき兄の頬へいつもどおりの、おやすみのキスを贈り―――そこでふと、小首を傾げた。
「……な、何だ?」
 大きな瞳にまじまじと顔を覗き込まれ、ゲオリクが神にも縋りたい心持ちで固まっていると、
「…兄様の身体、なんだか少し熱いみたい。 どこか具合でも悪いの…?」
 心配そうに貌を曇らせたリリスが、兄の額にうっすら浮いた汗を指先で拭いながら訊いてくる。
「いや、何でもない。 …俺もちょっと今日、立て込んでいて…疲れただけだから。 一晩ぐっすり寝れば平気だ」
「…ホントに大丈夫?」
「ああ。 大丈夫だよ」
 まだ気遣わしげな妹を安心させるために、微笑んでみせる。 …若干引き攣ってしまうのは致し方なかったが、それでも少女はほっとしたのか表情を緩めて、
「じゃあ……おやすみなさい、兄様。 また明日ね」
 と、馥郁たる薔薇の花びらのような唇をほころばせると、ドレスの裾をふんわり翻し、廊下へと消えていった。

 

 

 遠ざかるリリスの靴音を聞きながら、ゲオリクはぐったりと、(くずお)れるように寝台の背へもたれかかる。
 ―――これぞ、瀬戸際。 危うく最愛の妹の眼前に、互いにとって一生のトラウマになるやもしれない生き恥を晒すところだった。 服を着たままだったのが、せめてもの幸いだ。 神経を十年分くらい酷使した気分で、黒髪の伯爵は長い長い溜息を落とすと、
「おい。 …もういいぞ」
 部屋の中央からは天蓋の陰になって見えにくいベッドの隅の、毛布と羽布団のわだかまりを爪先で小突いた。 …するとその丸まりが不意にもこもこ動き、母親に呼ばれて巣から這い出てきた(むじな)の仔よろしく、赤銅色の頭がひょっこりと覗いた。 ―――ノック音から扉が開くまで、まさに間一髪の瞬刻。 神速と評すべき俊敏さでダッシュウッドの身体を蹴りのけ、毛布をかぶせたゲオリクの荒業により、事なきを得た結果だった。
「……なんとかバレずに済んだみたいッスね」
「ああ…」
「…今の、旦那の妹さんですか。 えらく可愛らしいお嬢さんスねえ……声しか聞こえませんでしたけど」
「………間違っても手を出そうなんて考えるなよ。 冗談でも本気でも、剣のサビにするからな」
「おお、怖……いえいえ、ご安心くだせえ。 旦那の大切な姫君にそんな……といいますかオレ、年下の女性はちょっと……イマイチ……」
 ぎくしゃくした会話が淡々と続く。 …数分前まで、溶けるほど睦み合っていたのは幻とでも言わんばかりに。
 濃密な夢から、一瞬で現実に引き戻されたような違和感が、互いの間にある空気を冷ましていた。 男はそっとゲオリクの表情を窺ったが、つい先刻まであれほど強気に攻めていた彼は、肉親の声を聞いて気恥ずかしさが舞い戻ってきたのか、欲望とはおよそ縁の薄そうな、いつもの清冽な美貌で、意図的にダッシュウッドと視線を交わすまいとしているようだった。
「…じゃあ、旦那……オレ、今夜はこれで。 …ちゃんと妹さんに見つからねえように帰りますんで」
 今更、再開を掛け合うのも間が抜けている気がして、男もまた常日頃の愛想笑いに戻ると、ベッドと壁の間に放り込まれた衣服をそそくさとかき集めた。 手早くシャツを羽織ってから、ズボンに脚を通そうと寝台を下り……かけた、動きがふと引き攣る。 ―――どうした? と、無言の視線で問いかけてくるゲオリクへ、ダッシュウッドは明らかに無理に拵えたと分かる、冴えない苦笑を返した。
「…すみません、旦那。 ……先にトイレ、貸してもらえます?」
 唐突に飛び出した単語に、一瞬眉をひそめたゲオリクは、ごく自然に身を乗り出し、相手の下半身を覗き込む。 はっと咄嗟に服で隠された前方の、―――見まがいようもない、その状態。 蒼い双眸が戸惑いに見張られ、…次には心の奥底から呆れきったように閉ざされ、激しく脱力しながら額に手をあてがうゲオリク。
「……貴様という男は……人が寿命の縮む思いで誤魔化してた横で……」
「…あー…へへ、いやホラ…ああいう状況って、結構燃えません? 見つかるかも! ってスリルが、こう……腰にくるっていうか…」
「普通は萎えてしかりだ。 この変態が…」
 きっぱりと言いきられて、酷ぇなあ…と男は苦笑してみせる。 それを見ながらゲオリクは、何かを吹っ切るかのように溜息を吐き捨てると、ダッシュウッドの左の二の腕を掴んで引き寄せた。 まだ熱のくすぶる下半身に力が入らず、ゲオリクの脚の上へ男の身体が倒れこむ。 それをそのまま、背を向けさせるように裏返し、自分の股座の間に座らせ……背後から回した手で、先端をもたげている芯を包んだ。
「…っ、……旦…、」
「……あそこまでやって、自分で処理するのも虚しいだろう。 …これぐらいなら、俺が手伝ってやる。 …ただし、……声は出すなよ。 いいな?」
 それ以上、否も応も言わさずとばかりに、ゲオリクは男の玉茎の根元を握りしめ、緩やかに扱き始めた。 瞳を驚愕の形にひらいたまま、身構えすら許されなかった男は完全に惑乱して身体をよじったが、たちまちのうちに覚えのある灼熱の疼きが蘇ってくると、ぎゅっと瞼を閉じて、悩ましげな吐息を迸らせた。
「…静かにしろッ……リリスに聞かれる!」
「そ、…ん、……ぅっ…、」
 小声で叱咤されて、無茶だと泣き言を返しかけた瞬間、その唇をゲオリクのそれが塞いだ。 声どころか吐息も貪られそうな荒々しさに、またも官能を喚起されてか、ダッシュウッドが無意識に滑り込ませた、舌。 押しのけられるかも、との躊躇いがちの動きを、しかし黒髪の伯爵はかえって焦れたように、強く吸い上げることで応えた。
「……んン…ッ、…ふ……」
 口付けが徐々に深まるにつれて、中心への愛撫も烈しさを増していく。 限界が、近づく―――男もまた、腕を伸ばしてゲオリクの頭を抱き寄せると、扇動に長けた舌で彼に悦楽を捧げ、その体温を全身で希求する。
 ―――いつからか、左胸の感帯に優しく押し潰すような刺激が加わっていたことに、ダッシュウッドは最後まで気付かなかった。 ゲオリクにも作為はなかった。 ……悪夢のごとき記憶も、互いが互いを求め、快楽を与え合う行為の前に、もはや何の意味も成さなかったのかもしれない。
 男の背中の疵から、早鐘を刻む心音が伝わる。 ―――きっと、自分のそれも彼へと伝わっている。
 鼓動がひとつになったような感覚に溺れながら、ゲオリクは目の前の、骨ばった熱い身体を抱き締めた。

 やがてダッシュウッドがゲオリクの腕の中で果てた後も、濡れた音と息遣いはしばらく、途切れずに続いた。

 

 

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「―――それじゃあ旦那、お見送りどうも。 ……今夜は、その……すっげェ、悦かったッスよ。 たまには下もいいもんだなァ、なんて思っちまいやした……」
「声が大きいッ。 …ったく……もう少し婉曲な言い方はできないのか」
 妹が熟睡しているのを確認してから、ゲオリクは屋敷の裏口へ来訪者を通した。 足音をはばかりながら廊下を歩き、いつもは近寄りもしない家の片隅の扉を、音立てぬよう慎重に押し開ける。 恋人も配偶者もいない気楽な一人身で、密会まがいにこそこそしなくてはならない己の立場に疑問を抱かずにはいられなかったが、ともかく今はこの男を無事に脱出させない限り、その立場も危機に瀕したままだ。
 ダッシュウッドの肩を押して外へ促すと、少しだけふらつきながらポーチを出た、男の赫い癖っ毛が、淡いランプの明かりの下で、頼りなく揺れた。
「…行ってらっしゃいのキスとか、してくれないんスか…?」
 気だるげに振り向いた微笑は、まだ熱の余波を引きずっていて―――情事の余韻の悪戯なのか、普段からは想像もつかない色香を漂わせていた。 …ほんの一瞬、離しがたい衝動にかられて、しかしすぐにそんな自分を恥じ、ゲオリクは血迷った科白を走りかけた喉を叱咤する。
「……行ってらっしゃいも何も、ここは俺の家だ。 馬鹿者」
 そっぽを向いて、にべもなく低い声。
 けれどそれが照れ隠しだと分かるから、ダッシュウッドの笑顔は変わらなかった。
「すみません。 …ねえ、旦那。 次もまた付き合ってくださいって言ったら、怒ります?」
「……考えておいてやらんでもない。 俺が『上』なら、の話だがな」
「…ですよねえ。 …でもオレ、正直、もうどっちでもいいッスよ。 旦那がオレなんかのお相手してくれるんなら…」
 笑っている。 嫌味ではなく、心から嬉しそうに。 ……こんな顔もできる男だったのかと、初めて実感したようで、ゲオリクはにわかにせせこましい鼓動を鎮めようと、別の話題を模索する。
 ―――あれだ、何と言ったか。 こいつは、確か……


「…フラン、シス」


「―――は?」

 …それは、完璧な不意打ちにも等しかった。
 脈絡もなく呟かれたその名に、ダッシュウッドは阿呆のごとく、ぱかんと口を開けて黒髪の伯爵を見上げる。

「……と、呼んだほうがいいのか? こういう状況では」

 ゲオリクはといえば、含む意図もなさそうな真面目顔で、いたって真摯に相手の視線を受け止めている。
 彼の言葉をよくよく吟味してみて、男は、たちまち自分の顔色が変わっていくのを止められなかった。


「…何だお前、いきなり真っ赤になって。 気色悪いぞ」
「………っ」
 揶揄ですらない純粋な疑問系に、流石のダッシュウッドも憤然とした。 誰のせいですか! との絶叫を気力で呑み込むと、それ以上見られたくない赤面を隠し紛れに、ぺこっと粗雑な一礼を返す。
「…じゃ、また来月に。 失礼します!」
 そのまま返答も待たず、脇目も振らずに駆け去る背中をしばらく呆然と眺めているうちに、なにやら微笑ましいような、温かな気分が胸を満たしてゆく。 無意識に微笑を誘われている、自分にもまた苦笑しつつゲオリクは、男の乗る馬の蹄が夜半の闇に溶けて消えるまで、戸口に寄りかかって聞いていた。

 

 

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 寝室へ戻ってきたゲオリクは、今しがた見送った男がシーツを替え、メイキングしていった寝台に腰を下ろすと、ベッドサイドの寝酒をグラスに注ぎながら、時計に目をやった。 日付も変わって久しい深夜だったが、目も意識もすっかり冴えてしまっていて、簡単には眠りの海へと漕ぎ出せそうにない。
 ゆっくりとグラスを揺すった。 匂い立つワインの紅い艶めきが、静謐な夜と溶け合うかのように、危うげに揺らめいている。 …これもやはり、生前の父がよく嗜んでいた銘柄だ。 名称は……何と言ったか。 嗜好品に無頓着なゲオリクの記憶に、それはもう残っていなかった。
 ―――あいつは。
 ぐるぐるとあらぬ方向へ巡らせてみても、昂揚の冷めやらない思考は、最後にはどうしてもそこへ行き着く。
 あの男は今宵、何を思って、客の自分に身を任せたのかと。
 答えの出るはずもない、その困惑のまま、ゲオリクは右手の裡で揺れる、紅色を見つめていた。

 …最初は、ただの戯れ気分だった。 毛色の変わった酒肴でも手に入れたような、その程度。
 稚児でも女でもない、いっぱしの男をベッドへ抑えつけたとき、ひどく興奮したのはいわゆる牡の征服欲というやつで、男を組み敷いて欲情する同性愛者の気分が理解できる、などと呑気に感心したりしていた。 …だから、彼の古疵を抉るような真似にまで及んでしまったとき、調子に乗りすぎたことを少し悔やんだ。


 グラスの端に、そっと、口をつける。


 …それが、得体の知れない衝動に変わったのは、あの疵に薬を塗ってやっているときだったろうか。 シーツを握りしめて、声を押し殺そうと震えているものだから、…まるでこちらが腰を使って責め立てているような、そんな錯覚に陥った。 ……そして、自分に握られただけで達してしまったのを見たとき、今まで小面憎いばかりだったあの年下の男が、…初めて少しだけ、可愛いと思えたのだ。

 後は、もう……よく覚えていなかった。 あれほど熱くなってがっついた経験など、男どころか、女相手にもない。
 ただ―――『慣れている』ことを平然とほのめかした彼に対して、どうしてか、無性に苛立ちを感じた。
 去り際の、愛想笑いでない笑顔。 含羞、憤懣。 自分の一言でめまぐるしく変わる表情に、理性がざわめいた。
 そして………


 ぴちゃ。
 かすかな水音にゲオリクは、どっぷりと沈んだ意識の泉の底から浮上する。
 知らず、ゲオリク自身の立てていた音だった。 傾けたグラスの、ワインの表面を舌先が撫でたのだ。
 品のない。 そう思えるだけの理性はあったが、意思を離れたかのように動くそれを止めることはできなかった。
 …脳裏を焦がすのは、一心にゲオリクの指先に絡みついていた、赫い舌。
 あの動きを追い、ぴちゃ、ぴちゃ…と舌が蠢く。 何かを舐められ、そして―――舐めてやっているかのように。
 そう、あの赫を……味わいたかったのだ。
 口付けたときも、…後ろに指を突き立てたときも。 この赫い男の内部を感じたい……その強烈な欲望だけが、ゲオリクを駆り立て、獣に変えていた。


 ワインが舌先を痺れさせ、そこから快感に似た熱さが拡がってゆく。
 …ここにいろ、と。 もっとお前が欲しい、…と、あのとき言いかけた喉にも、赫く熱く。


 ―――あの男の、口腔より深い内側も。 きっと、こんな風に……―――
 ゲオリクは頭の奥で、ちろちろと妖しく意識を(ねぶ)る焔をかき消すように、一息にグラスを空けた。
 慣れた味が、今夜だけどこか……むせ返るほどに甘く、甘く、ゲオリクの体内を灼いた。

 

 

 下ろしかけた瞼を、ふと夜風が撫でてゆく。 開けっ放しになっていた窓の外へ、呼ばれるように目をやれば。
 …今夜は皆既月蝕だろうか。 ―――月までもが闇の中、くっきりと赫く咲いていた。

 

 

<Fin.>


 

 後書きです。
 お、終 わ っ た … ! 異様に難産でした、今回。;
 初のゲオダシュということで、多少気負いすぎてた感があるかもしれません。(^_^;)
 今作のプチ目標で、「両方とも、ラスト付近は攻めキャラ心情+妄想シーンを入れる」というのがありまして(爆)
 …なんでか旦那の方が妙にねちっこくなりました。魔王気質が見え隠れしてるというか…。
 す、すみません旦那&旦那のファンの方々!(平伏) オ○ニーじゃないギリギリのラインが書きたくて…
 い、いえただの戯言でございます。何卒スルーでお願いします;;(あたふた)

 内容とは関係ないんですが、本文中に一文、某テニス漫画の諏訪部さんキャラの歌の歌詞を拝借しました。
 彼のアルバムをお持ちで、かつ興味がおありの方は探してみて下さいませ〜。(わかんねえよ…)

 …色々書きたいことあった気がするんですが、本文を書き終わると忘れてしまう奴なので^^;
 毎回ロクでもない後書きで恐縮でございます; ここまでお読みくださり、真に有難うございました!
 結局、旦那とダッシュは最後までやったのか。真相は貴方様の胸のうち一つにお任せいたしますvV(をい)
 


 

 

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