男は初めて―――というゲオリクの科白が、逆に腹を据えさせてくれた感がある。
よくよく考えてみれば、相手はプライドの高い貴族の旦那だ。
ここは下手に機嫌を損ねて扱いに手を焼くより、多少なりとも慣れている自分が妥協するほうが、後々の効率も良くなろうというもの。
…それに何より、これほどの美貌でありながらまだ手付かずという信じがたい上玉、たとえバージンにありつけなくとも、男相手のドーテイだってなかなかに貴重な……。
そう結論づけてしまえば、ダッシュウッドの切り替えは素早かった。 判断は慎重に、されど行動は迅速に…は、いわばビジネスの鉄則。
お待ちかねの上客の興を醒ます前にベッドを降りると、要求どおりにぱっぱと服を脱ぎ、交渉の切り札のひとつでもある身体を曝けてゆく。
「……旦那は脱がねえんですかぃ?」
チャップスの留め金に掛けた指をふと止めて、ダッシュウッドは寝台の上へチラリと目をやった。
申し訳程度に手袋を外した以外はベルトやボタンひとつ触れる様子もなく、値踏みするような視線を向けてくる伯爵は、酷薄に双眸を細め、整いすぎた涼やかな美貌を尚のこと冷たいものへと変える。
「……その気にさせてみろ?」
―――たとえば虫を捕らえて喰う花は、こんな香りを放つのではないか。 そう思わせるほどの、危険で美しい微笑に射抜かれる。
すぐにでも奮いつきたい衝動にどうにか歯止めをかけながら、男はぞくぞくするような予感に震える脚を服から抜いた。
後はもう、興奮のまま、彼を巻き込む形でシーツへと泳ぎ出すだけだった。
「…ん……旦那……」
まずは食前酒、とばかりに、軽く啄ばむだけのキス。
しっとりと柔らかい唇が、否が応にも官能を加速させる。
続けて舌で味わおうとしたところ、見越したようなタイミングでゲオリクが身体を反転させ、ダッシュウッドの片方の手首を押さえ込んだ。
そう簡単にリードは許してくれそうにないな…、と内心で苦笑する。
「―――ぎゃっ!」
と、いきなり臀部を鷲掴みにされて、思わず色気のない悲鳴が上がった。 口付けの余韻など、一瞬にして無残に吹き飛ばされる。 目を白黒させて見やれば、不埒者はふむ、と感心したように小首を傾げていた。
「意外に引き締まったケツしてるな、お前。 男同士は、確か―――」
「だ、旦……ぁ…」
双丘の境目に下りてくる、ゲオリクの長い指。
ちょんと入り口をつつかれただけなのに、言いようもない感覚が身体の芯にさざめき、ダッシュウッドは早くも喉をついて漏れかけた、甘い息をかろうじて堪えた。
「…ここを使うと聞いたことがあるが。 こうも肉が硬いと、結構痛いんじゃないか?」
朝食はちゃんと取ったか? とでも訊ねるのと大差ない口調だった。 先立つのは僅かばかりの気遣いと、純然たる興味程度。
本職が本職なだけあって、ゲオリクは他人の肌に触れる行為に何の躊躇いも感じないようだ。 裸にされてるこっちは死ぬほど恥ずかしいってのに! と喚く心を抑え、ダッシュウッドは緋色の髪をぐしゃぐしゃ掻きむしるフリで、いまや髪と似た色に染まった顔と狼狽をやり過ごす。
「……旦那、…まさか……最後までヤるとか言いませんよね…?」
「うん? なんだ、もう怖気づいたのか。 意外に度胸がないな」
おずおずと窺いたてる眼差しに、しかし美貌の伯爵は、あくまで余裕の態度を崩そうとはしなかった。
本当に初めてなのかと問いただしたくなる肝を見せつけられて、流石にダッシュウッドの負けん気も燻りだす。
「いや、オレは全然平気なんスけどね。 問題は旦那ですよ。 …勃ちますかぃ? オレが相手で」
「…ふ…」
嘲笑うかのようにゲオリクは、強気な科白を吐く男の、鎖骨の間を爪の先で軽く引っ掻く。
焦らしに近い微妙な刺激に、肋骨(の浮いたダッシュウッドの浅い胸がぴくんと反応した。
「どこまでいくかは、お前次第だな。 …何度も言わせるなよ。 ―――俺を、その気にさせてみろ」
他のどんな男が言おうと、一笑に付されて終わりであろう、傲慢そのものの言葉。
…それがひとたび、ゲオリクの唇から発せられると、たちまち眩暈を誘うほどの殺し文句へと変貌してしまう。
彼は笑いながら、主導権を餌のごとくちらつかせて、ダッシュウッドの出方を窺っているのだ。
だが―――試されるのは嫌いじゃない。
それだけ相手が、自分に一目置いているという証だ。
「……任せてくだせえ…」
それがこちらからも憧れを持つ人物なら、尚更、期待に応えたい。
ダッシュウッドは微笑み返すと、甘えるように伸ばした腕で、ほのかな薔薇の香りをまとうゲオリクの肢体を引き寄せた。
―――が、そのまま恍惚に溺れていきそうな意識は、思わぬ場所から現実へと戻された。
「ところで、さっきから気になっていたんだがな。 …これはお前の趣味か?」
「…っ!」
肌を滑りなぞるゲオリクの指先が、男の左胸の突起に銀色の装飾を見咎めた。 無遠慮に引っ張られ、ダッシュウッドはびくっと喉を反らす。
顕著な感度に気を良くしたゲオリクの、小さく微笑む気配が返った。
「なるほど、敏感なところか。 これ見よがしにこんなものを付けて……弄ってくれと言わんばかりだな」
悪意の揶揄に満ちた言葉に、ダッシュウッドは一瞬、傷ついた表情を見せたが、即座にそれを隠すように横を向いた。
そのさまもゲオリクの瞳には、悦楽に流されまいと抗う意固地な羞恥として映る。
悪戯心をくすぐられ、その部分ばかりを執拗に刺激してやると、しばらく男は何かを怺えるように唇を噛み締めていたが、やがて堪えきれなくなったのか、震える手でゲオリクの手首を掴み、動きを中断させた。
「……や…めて、…くださ…い……」
「…嫌なのか?」
「…旦那に触ってもらえるのは、光栄なんです。 …けど、ここは……他ならどこでもオレ、平気なんで、…お願いしますよ………ここだけは……」
触らないで…、とダッシュウッドは懇願した。 それでも客の気を悪くさせないよう、蒼ざめた顔にできうる限りの微笑を添えて。
しかし……諸々の感情を抑圧し、必死で繕った愛想は、いとも容易く剥がされてしまった。
「痛…ッ!」
突然の鋭い痛みに、男の四肢が引き攣る。 乳嘴にゲオリクが親指の爪を立て、きつく抓ってきたせいだ。
「お前にそれほど嫌がられると、胸がすくな。 聞いてやる気がしない……」
無慈悲な冷笑を浴びせられ、ダッシュウッドは背中に氷塊を押し込まれた心地がした。
酷くされるのか―――にわかによぎった恐怖心が、見開く視界の奥で脳裏を逆流し、ひとつの記憶を呼び覚ます。
このピアスを無理矢理嵌められた、子供時代のある夜。
慟哭の過ぎた喉が擦り切れて、血を吐いても尚、鞭打たれ、いたぶられ、そして犯された―――思い出すだけでも発狂してしまいそうになる、昏い、昏い記憶……―――
「……冗談だ。 お前でも、そんな顔するんだな」
くしゃりと頭をかき混ぜられる感触と、静かな声にダッシュウッドは正気に返る。
よほど恐怖が顔面いっぱいに滲んでいたのだろう。 見下ろすゲオリクの瞳に、冷たい欲望は既になりを潜め、バツの悪そうな苦笑だけがそこにあった。
…お前の素の表情が一度見てみたかった、そう言いながらも、戯れが過ぎたと思ったのか、髪を撫でてくる手は、安堵を促すように優しい。
男は長い息を吐いて、全身から力を抜いた。 自分でも驚くほど、身体が緊張していたことに初めて気付く。
……この人は違う。 相手を嬲る行為にのみ喜悦を見出すような、あのおそろしい人とは、違うんだ……。
己に言い聞かせて、陶然と瞼を閉じると、少しぎこちなさの加わった動きで、指先は再びダッシュウッドの肌をなぞり出す。
時折、皮膚の下を確かめるように軽く押したり、脈にあてがわれたりするそれは、愛撫というよりは触診に似ていた。
まるで組み敷いた男の怯えようにただならぬ事情を察し、意図的にそう動いてくれたような。
―――嫌がる箇所へは二度と触れようとしない手のひらから、伝わるゲオリクの体温を感じていると、欲情とは異なった熱が、胸の奥から四肢の末端にまで、じんわりと染み渡っては溶けてゆく。
男は少しずつその感覚に酔い、されるがままに身を預け出した。
ダッシュウッドの身体を裏返した途端、背中を縦横無尽に走る、真新しい鞭跡が晒された。 微かに息を呑んだゲオリクの瞳が、一瞬、痛ましげに曇る。
…しかし、あえて直接の言及は避け、そのまま後ろ腰、下肢へと指を這わせてから、故意に呆れたような声色を作って呟いた。
「……随分、生傷が多いな……」
「…へへ、そりゃまあ……何かと因果な商売ですから」
事務的な触れ方に落ち着きを取り戻したのか、声音はいつものダッシュウッドだったが、肩越しに見上げてくる笑顔は、なぜか、いっそう痛々しい思いをかきたてた。
さりげなく外し、さまよわせた視線が、ふとベッドサイドのマントルピースにあるものに留まり、ゲオリクは反射的に手を伸ばしていた。
指先で取り上げたのは、手製の膏薬。 やはり医師であった父から、生前受け継いだ処方箋によるものだった。 旦那?
と不思議そうに瞬く男の上へ跨ると、陶器の蓋を開けて中身を確かめる。
「せっかくの機会だし、ちょうどいい。 薬を塗ってやる」
「…え? …い、いいッスよ、そんな…」
「よくない。 …俺も医者の端くれだと言ったろう。 多少のかすり傷ならまだしも、こんな深手を見過ごせるか」
もうほとんど治りかけてますし…、と続くはずだった科白は、ゲオリクの少し怒ったような、真剣な双眸によって封じられた。
医師としての責任感がそうさせるのか―――頑として譲りそうもない態度に、わざわざたてつくほどの理由は見つからず、ダッシュウッドはひとつ苦笑して、好意に甘える意を示した。
…までは、まだよかったのであるが。
―――変だ、と自覚し始めたのは、傷口に膏薬のひんやりとした感触が触れてから。
…正確には、それを掬ったゲオリクの指が触れてから…、かもしれなかった。 塞がりかけた疵を引っ掻かないようにとの配慮か、慎重で柔らかな動き。
…それは決して、色めいたものではない。 治療を施す医者の手つきそのものだ。
その指先が、背中の鞭跡へ及んだ瞬間、―――男は自身の喉を疑うほどの、婀娜っぽい呻きを放っていた。
「沁みるか。 もう少しだから、我慢しろよ」
「……、旦……那…」
痛い、のとは違う。 ただ―――熱くて。
繰り返し刻まれて乾ききった烙印へ、降り注ぐ慈雨のような、それが。
…誰かにこんな風に薬を塗ってもらったことも、まったくないわけではないのに。
どうしてか、彼の指先だけが……熱くて、蕩けそうだ。
―――とうに痛みなど、忘れるほど遠ざかっていたはずの疵が。
疼く。 それはたまらないまでに、甘く……。「…ッ、……んっ…」
鞭の跡は背中から、後ろ腰の少し下の辺りまで。
薬を塗り拡げる手が下りていくにつれ、チリチリと走る熱が、触れられてもいない箇所で凝(り始める。
いつしか身体の奥に留めかねたそれに急き立てられるように、男は細かく悶え、昂揚する息を弾ませていた。
「…痛い……、か?」
ふと愛撫が止んで、静かに後ろから覆い被さってくる気配があった。
滑らかなゲオリクの黒髪と低い声を耳朶に感じ、ダッシュウッドは僅かな緊張を押し殺す。
囁かれる、言葉の続き。 初めから、返答を期待して訊いたのではないという調子で。
「……痛くないなら…そんなに息を乱すな。 ……俺まで……おかしな気分になる」
「―――ン、あぁ……ッ!」
男の腕の下から忍び込んだ手が、右胸―――銀環を嵌められていないほうの乳嘴に触れた。
同時に、空いた手で赤毛を掻き分けられ、普段は上着の襟と髪に覆い隠された、項の部分が露になる。
そこへゲオリクは軽く吸いつくとともに、指先に捕らえた胸の突起をきゅっと摘んだ。
たったそれだけの責めで、ダッシュウッドの唇は堰を切ったかのような、あられもない嬌声を溢れさせた。
「…ん………どうした? …感じたフリなんかして…」
応えられるはずもない。 これ以上、みっともない声を上げないよう、男は枕に顔を押し付けるのに必死だった。
「妙な気を遣わなくていいぞ。 男を抱いた経験なんてないんだ。 お世辞にも、巧いはずが……」
それに気付かない苦笑のまま、黒髪の男は何の気なしに相手の下腿へと右手を伸ばす。
腕の中の身体がひときわ強く、痙攣した。 指先が知らしめる熱さに、蒼い双眸を見開くゲオリク。
「…お前……まさか、本当に…」
―――……感じてる、のか?
己以外の雄を扱くという動きに慣れない手が、興味本位の力でそこを握りこんだ。 途端、ずきん…と甘い疼きが奔流のごとくにうねり来る。
限界を感じてダッシュウッドはその手を払いのけようとしたが、既にぎりぎりまで追いつめられていた熱は、享受した刺激を堪えうることなく、くぐもった媚声を追うように罅(ぜてしまった。
「ッ…、……ぁ…」
余韻に痺れる腕では支えきれない上半身が寝台へ崩れ、背後からゲオリクの腕を回された腰だけを掲げる格好になる。
その体勢に、そしてはしたなくシーツにばら撒かれた白蜜にも、燃えるような羞恥がこみ上げてきて、ダッシュウッドは寝具を穢した非礼を詫びようとしたが、
「…お前、感じやすい体質なんだな。 さっきの薬が気持ち悦かったのか…」
苦笑しながらゲオリクは、特に咎めもせず、腕の中の男を解放した。 日頃は血の気を感じさせない白い手に、生々しく悦楽の雫を絡みつかせて。
その淫靡な光景は、ダッシュウッドの琥珀の瞳を釘付けにした。 全身を覆う倦怠感に代わり、新たな熱―――含羞を踏み越えたその先にある、陶酔にも似た、熱さ―――が、指先までも浸す。
ほとんど無意識のまま、男はその手に縋りつき、舌を差し出していた。 引かれようとしていたゲオリクの手が、一瞬ぴくりと震えて止まる。
「……ダッシュウッド、」
「…ん………すみません。 汚しちまって……」
それだけ応えると、ダッシュウッドは再び舌先を伸ばし、丁寧に白濁を舐め取り始めた。
ぴちゃ、と音を立ててゲオリクの手のひらを舐める仕種が、どこか動物じみていて。
「―――……」
縛られたように瞳が逸らせない。
言うべき言葉さえも喉奥でわだかまり、ただただぼんやりと赫い舌の蠢きに魅入っていたゲオリクが、はっと我に返ったのはダッシュウッドの、悪戯な視線にぶつかって。
「やっぱアレですねえ。 自分のなんて、不味くていけねえや…」
照れ隠しめいた、いつものおどけた口調とアンバランスな、扇情的に潤んだ琥珀。
吸い寄せられるかのごとくそれを凝視する自分を、どこか切り離されたもののように自覚しながら、ゲオリクは渇いた喉を絞る。
「……そんなもの、誰のだろうが不味いに決まってるだろう」
「そうでもありませんぜ…? 相手によりきりってやつで…」
「…その割には、さっきから旨そうに舐めてるように見えるんだが」
クッと小さく笑んで、男はゲオリクの右手を、大切な何かのように自らの両手で包み込むと、
「旦那の手の感触が、なんか新鮮でね……ちょっと堪能してたんです」
今まで手袋越しにさえ、これだけ濃厚に触れたことないですから。 そう呟いて、いとおしげに唇を落とした。「…、それなら……」
「え?」
仰向けの体勢でベッドへ転がされ、怪訝に見上げたダッシュウッドの口に、今の今まで味わっていた指が差し込まれた。
驚きに見張られる金色の双眸を、ゲオリクはうっすらと微笑みながら覗き込む。
「…舐めてくれ、もっと。 巧くできたら礼をやる。 …俺からはキスもしてやったことないだろう?」
虹彩がいっそう大きくなり、次の瞬間―――期待に眩めかんばかりの輝きを帯びた。
ゲオリクの手にしっかりと両手を添えるが早いか、男は恍惚と瞼を伏せて、美しい伯爵の所望に叶うべく、その行為にのめりこんでゆく。
そんなに俺のキスなんぞが欲しいのか…と、最初こそ苦笑半分で眺めていたゲオリクも、やがて巧みな舌戯に意識を奪われてくると、積極的に口腔を荒らし始めた。
歯列や舌を撫でるだけでは物足りず、更に奥を目指して指先を押し込んでやると、息苦しさにダッシュウッドの眉根が寄せられ、口の端からは含みきれない透明な雫と鼻にかかった吐息とが、絶え間なく溢れおちる。
それはそのまま、彼の主によって身体の裡に植えつけられた被虐という埋火が、刺激を求めて焔を吹き出したかのような、いたずらに支配欲をかきたてる光景で。
飢えた獣の口に手を突っ込んでいる気分だった。 今にも噛まれるかもしれないという危機感が、例えようもない昂揚となってゲオリクを煽った。
動き回る舌を指の間に捕らえ、そろりと曳きずり出してゆく。 閉じられていた瞼の下に、欲情を宿す金色が覗き……濡れそぼって赤みを増した唇が紡ぐ、意味を成さない声。
紅く、しっとりと。 毒花の蕾が咲(くより、それは赫く赫く―――鮮やかに。
「……ぅ、…ン…ッ、」
この赫は、どんな味がするのか。
…そんな思いが意識を掠めたのと同時に、深く口付けていたことを認識したのは、かすかに身を慄わせた男の、低く、嬌めかしい喘ぎが耳朶へ滑り込んでから。
きっと俺は巧くない。 どこかにあったはずのその意地も、いつの間にか、絡み合う舌の狭間に解けて消える。
ダッシュウッドの頭部を両手で挟み、ゲオリクは何かに憑かれたような烈しさで、唇を貪った。
角度を変えては幾度も幾度も粗暴に吸われる、合わせづらいリズムを、男は呻きながらも無心に受け止めようと、ゲオリクの背中に腕を回して縋りついた。
互いの濡れた息遣いが混ざり始めた頃、黒髪の伯爵の手に内腿を愛撫され、しがみつく男の力が強まった。
脚の付け根をなぞられると、もどかしい刺激がたまらないのか、ダッシュウッドは半ばまで反応を示している前方をゲオリクの下肢へと擦りつけてくる。
その昂りを服越しに意識しながら、ゲオリクは男の浮いた腰を捕らえて、後ろの秘蕾に指の一本を埋め込んだ。
「…っ…!」
刹那、血色に欠けた背筋がびくりとおぞけあがる。 瞳を剥いてのけぞった男を、腕に抱きとめることで拘束し、離れかけた唇に再び執拗な接吻が重なった。
狭い体内を蹂躙する異物が、ゲオリクの指だと意識するだけで、たちまち消し飛んでしまいそうになる理性を振り絞って、ダッシュウッドは身悶えた。
「…硬いのは、表面の肉だけなんだな。 中は……思ってたほどきつくない…」
「旦、…那……ァ…ッ!」
医学的知識の故なのか、それとも男の反応に視界を凝らしていたためか―――まるで最初から知っていたかのように迷いなく、指先は内奥の一点を正確に捉えていた。
断続的に襲いくる悦楽の波に流されまいと、男は戦慄する下肢にどうにか力を篭め、こみ上げてきた劣情の疼きを抑え込む。
「性感帯か……やっぱり、ここを擦られると弱いのか?」
「んっ…、…まあ……男、ですから。 …けど、慣れねえうちは……ッぁ…結構、…辛いんです…ぜ…?」
そう言って、無理にでも微笑もうとしたダッシュウッドの強がりは、すぐさま徒労に終わった。
ゲオリクが返答の代わりと言わんばかりに、含ませた指をいきなり数本に増やしてきたせいだ。
「はぁ……ッ、…あ…ぁ…」
前には触れてもらえず、内側のみを割り拡げられる。 その、いつもなら不快感でしかないはずの刺激に、今、腰が攣るほどの快感を覚えるのは、一体なぜなのか。
―――もっと熱くて、硬いものを……おぞましい欲求さえ口走りそうになり、男は狼狽した。
理性を追い込まれ、突き崩されることすら、喜悦に変わり始めている己に。
「…『慣れてる』なら…このまま、後ろだけで達(ってみるか?」
ぐちゅ、としどけなく喘いでいた淫口から、ゲオリクは指を引き抽いた。 蕩けた襞がそれを逃がすまいとするように追いすがる。
嬌態を微笑でもって見やりながら、男の腰を引き上げて自身の大腿部の上へ乗せると、両膝の裏に手をかけ、シーツへ圧し掛けるようにして開かせた。
「それとも―――」
「…あ……!」
恥部をまともに晒される格好にいたたまれず、ダッシュウッドは身をよじったが、そこをゲオリクの服越しの熱に押し上げられると、掠れた声を引き絞った。
身体の芯がかぁっと燃え立つように熱くなるのを感じ、海老のごとく背をしならせる。
その背の、―――ゲオリクに癒してもらった疵に、目も眩むほどの甘美な快感が駆けていく。
「あ、……ぅ…」
「…言ってみろよ、ダッシュウッド。 どうしてほしい…?」
昂揚を押し殺したような吐息交じりの低音で、美貌の伯爵は囁く。
下肢が擦れ合うたび、布を隔てているにも関わらず、かつてないまでに強烈な快楽が生まれ、波紋のごとく拡がった。
このまま繋げられたら、狂ってしまうのではないか……そんな怖れとは裏腹に、欲望は蕾の先を艶冶(にほころばせ、愛しい男を欲していた。
「言ってみろ…」
「…ぁ…、旦…那………旦那、の……」
逃げられない―――四肢を痺れさせる陶酔は、甘やかにダッシュウッドの意識を呑みこんでゆく。
ゲオリクは待った。 常に冗談とも本気ともつかない態度の男が、完全に陥落して、自分を求める瞬間を。
美しい声を上擦らせ、危うい官能に顫(えながら奏でる……その言葉を。
―――気付けなかったのは、そのせいかもしれない。 …すぐ背後に忍び寄っていた、焦眉の急に。
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