「……ッ。 伯爵……それは……」
 その硝子瓶を認めた途端、ダッシュウッドがかすかに息を呑むのが分かった。 力なく投げ出されていた身体がたちまち張りつめたかと思うと、意識してか無意識にか、下のゲオリクを庇うような体勢に動く。 おそらくは本人も気付いていないであろうその行動を、見据える緋色の双眸が一瞬、酷薄に細められた。
「勘違いするな。 何のために、あの責め具を抜いてやったと思っている」
 硝子球の形をした蓋を外して、中身の幾量かを手のひらに落とす。
 酒、ではないようだった。 とろりとした形状で、液体というよりは溶けたジャムか糖蜜に似た、半透明のもの。 サンドウィッチが瓶の蓋を取った瞬間から、砂糖菓子のような甘い芳香を漂わせている。
 いったい、何だ……とゲオリクが口を開きかけたのと同時に、男はその疑問の対象を乗せた白い手のひらを、赤毛の男の下肢へとすべり込ませた。
「……ンぁ、……っ……」
 びくりと喉を反らすダッシュウッド。 じゅぷ、と生々しい水音とその反応で、サンドウィッチの指にどこを冒されているか、見えないゲオリクにも容易に窺い知れる。 それでなくとも、奥深くに収まった芯の蠢きを通じ、間接的に嬲られているようなものだった。
「……貴様………何を、」
 嗜みなど繕う余裕がない。 ほとんど意地のような敬語をかなぐり捨て、ゲオリクは荒い息の下で楯突く。
 サンドウィッチも特に咎めるでもなしに、依然として得体の知れぬ液体をふたたび手の中へ受け止めた。
「まあ……この場合、油か研磨剤とでも呼ぶべきか」
 粗悪な玩具が随分と務めに苦労しているようなので、これの主としては見るに見かねてね。
 戯言めいた物言いでうそぶく間も、ダッシュウッドの後方の窄まりにそれを塗りたくるのをやめようとはしない。 幾度となく吐き出された雄の白濁にやわらかく蕩けている内襞をさらに刺激されて、男はゲオリクの胸の上で、苦しげな喘ぎを昂らせていく。 たまりかねてゲオリクが気色ばんだとき、
「ゲオリク。 お前も我らが同胞となったのなら、よくよくその目に焼き付けろ。 そして、扱いを覚えるがいい」
 引き抽いた指の先を見せつけるようにぺろりと舐めて、金の髪の男はいやらしく唇を吊り上げた。
「この、Vanillaの魔力の成すところをな」

「……ヴァニ…ラ?」
 何のことだと眉をひそめれば、サンドウィッチはゲオリクの視線を誘い寄せるように、手の中の小瓶を軽く振ってみせた。 そうしたうえで「―――魔女の名だ」、と謎かけにも似た言葉を紡ぐ。
「甘露なる香りで人間の正気(こころ)に忍び込み、蜜のごとくにとろかし、欲の奴隷にしてしまう。 淫奔な売女の名さ。 その名をいただくこの薬もまた然り。 これが中に溶けると、肉体はしがらみを失い、本能にのみ忠実となる」
 静かにキャビネット上に戻された硝子細工の中、いかがわしい淫薬は寄る辺なく揺れる明かりを受け、まるで生き物が蠢くかのように、妖しくぬらめいている。
 それを横目に睨みながらゲオリクが、ハ、と溜息とも、侮蔑の笑いともつかぬ呼気を吐いて捨てた。
「……要するに、催淫剤ですか。 サンドウィッチ伯爵ともあろうお方が、情趣のない……」
「そう馬鹿にしたものでもないぞ、これは。 ……ちなみに今、お前の体内にも微量ながら溶けている」
 もっとも、お前が口にしたのは水で5倍ほどに薄めた、優しい代物に過ぎんがね。
 そう続いた言葉にゲオリクは瞠目した。 反射的に、記憶がよみがえる。 先刻の入団儀式でこの男に口移しで飲まされた、あの酒とも薬ともつかぬ、甘い……―――
 思案のさなか、不意に硬い肉塊に突きえぐられ、「ぁうッ…」と喉から苦鳴が迸った。
 抗議しかけた声を中途で飲み込む。 ゲオリクを見上げてくる金色の双眸が、烈しい欲情の熱に潤んで、元々の獣じみた色を濃くしていた。 肌は先ほどよりも火照りを増し、熱病のような呼吸を繰り返している。
 乱れた息遣いに伴い、男の腰も不規則に揺れ出した。 ゲオリクの身を案じて欲望を堰き止めていた理性が、薬に侵されはじめたのだろう。 それまでの緩やかな動きは、次第にみずからの淫楽だけを探すような激しさへと代わり、無造作にゲオリクの内襞をかき混ぜた。
「ぅあッ……、あッ、……痛、い…っァア、ッ……」
 縦横無尽に奥を抉られる感触にそびやかされて、ゲオリクは髪を振り乱してもがく。 そこへ追い討ちのごとく、男の手が半端に屹立したままの軸を、握り潰さんばかりに掴んだ。
「ッい、……ッッ!」
 ダッシュウッドにはもはや、自分が何をしているのかなど分かってはいないのかもしれない。 それほどに加減のない力で急所を締められ、ゲオリクは眼を剥いて硬直した。 やめろと悲鳴を上げようにも、息すら出来ない。 あまりの激痛に、目の前が真っ白に染まったような気さえ、した。
「これ、アガシオン。 そんな乱暴にしてはゲオリクが壊れてしまうだろう。 もっと優しく扱ってやりなさい」
 芥子粒ほどの心配もしていない笑い交じりの声音で、やんわりとサンドウィッチの助けが割り込む。
 それに反応して顔を上げた赤毛の男はしかし、すでに惑乱しかかっているのか、切なく散らばる吐息の中で、懇願するように主人を仰ぎ見た。
 どうしたら…、とでも訴えたげな涙の滲んだ表情を見やり、サンドウィッチは音もなくファーコートを脱ぎ落とすと、ダッシュウッドを背中から抱きしめるように、腕を回した。 指がそろりと、連なったままの熱の根元を愛撫する。
「とうに限界だろう……かわいそうに、アガシオン。 ……だが、この中へ挿ったままでは達けないだろうな」
「ッ……っけど、…も………達きてぇ、…ですっ…」
 顫えながらかぶりを振る部下の、情欲に濡れた目尻をなだめるように啄ばむ。 その口唇にはひどく艶やかで、かつ繁殖期の牝を狙う獣を思わせる、獰猛な笑みが刻まれていく。
「―――仕方がないな。 このままにしていたら、お前もゲオリクも潰れてしまう」
 言うなり、抱きしめる腕に力が篭もって、ダッシュウッドの身体を強引にゲオリクから引き剥がした。
「ひッッ……!」
 熱い蜜壷から突然曳きずり出され、びくりとのけぞった裸身をそのまま両の腕の内だけに閉じ込めてしまうと、興奮を隠しきれない柘榴色の瞳が一瞬、威嚇にも似たきらめきを放った。 眼光の先には、こちらもやはり接合を解かれた衝撃に、放心したような表情で忙しく息を継ぐゲオリクがいる。 自身への圧迫からようやく解放された安堵と同時に、裡なる部分を充たしていた灼熱が失われ、肉体は細かな震えを止められずにいた。
「ゲオリク」
 名を呼ばれていくばくか気を取り戻したゲオリクが、まだ少し虚ろな視線を向ければ、サンドウィッチは性質の悪い児戯に没頭する子供そのものの目で、「―――お前はこの男が気に入らんだろう?」と言って笑った。
「気に入るはずもない。 卑しい借金取りの分際で、仮にも伯爵であるお前を犯した、一度ならず今も……だ。
 …いや、或いは、これの肉体だけは満更でもないのかね? お前はどうやら、これに抱かれること自体を厭っているわけではなさそうだしな。 その淫らな性質こそが他ならぬお前の美徳だし、私も咎める気はない」
 一方的にまくし立てたあげく勝手に納得したのか、鷹揚に頷きながら。
 サンドウィッチは寝台の上に胡坐の姿勢で座り直した。 その脚の間に抱え込むようにして部下の身体を乗せ、ゲオリクの側へ向ける。 白い脚を跨ぐように座らされた男は、既に意識が混濁しているのか、抵抗のそぶりさえ見せようとはしなかった。
「なんにせよ、常日ごろ疎ましいばかりの男の、恥ずかしい姿を拝んでやれるのは痛快だろう。
 そこでゆるりと見物しているがいい。 お前を我が物顔に蹂躙するこの男が、私の腕の中で、いつもどのように啼いているのかを、な」
「―――! 貴様ッ……、」
 サンドウィッチの意を悟り、跳ね起きて掴みかかろうとしたゲオリクを、手首の枷が冷酷に押さえ込んだ。
 ギシリと喚いた金属の鎖と、寝台のスプリング。 その振動を心地よさそうな表情で受け止めた金髪の伯爵は、ダッシュウッドの膝裏に手を差し込み、脚を左右に開かせながら、ゆっくりと彼の下肢を持ち上げた。
 拘束具によって遂情を押しとどめられたまま、痛々しく腫れた官能の凝りの下で、ひくひくと淫らに疼いている双丘のほころびへと、そそり立った雄芯をあてがう。
 さながら串刺し公(ドラクリヤ)の拷問のごとく、男の肉体が自重に従って楔に刺し貫かれていく光景に、ゲオリクは双眸を縫いとめられたように、瞬きひとつ出来ずに見つめた。
「……ッ、……ぁ……あ、…っくぅ……ぅ…ッ…」
 圧迫に呻き、身悶えるダッシュウッドだったが、すでに大量の男の欲望と淫具、そして薬の味を覚えさせられた肉襞は彼の意思を離れ、慣れた異物を嬉々として呑み込んでいった。 ほどなく、最後まで腰の裡へと収まると、サンドウィッチの掌がまたも膝を浮かせ、接合を解いては再び落とし込んでいくという責め方で、その躰の内奥を じっくりと味わい始めた。
「お前はどうやら、まだこれを抱いたことはないらしいな……ゲオリク?」
 ほのかに紅潮を滲ませた声が誰に向けられたものであるか、一瞬、ゲオリクは計りかねた。 何度か息を継ぎ、混乱の極致にあった思考が少しずつ凪いでいくと、やがて思い出したように、純粋な怒りが突き上げてくる。
 苦悶に歪むダッシュウッドの顔の横の、揶揄をまじえた深紅の瞳をギリ、と睨めつけた。
「これでも5, 6年ほど仕込んでやっているというのに、どうにも覚えの悪い子でな…。 後ろはこうして、あれこれと手管を凝らして時間をかけて、ようやく使い物になる程度だが……」
 長く伸びたサンドウィッチの爪がダッシュウッドの前方へと滑り込み、軽く鈴口を引っ掻いた。
 それだけでもたまらない刺激なのか、男は「ひぃ……ッ」と喉を鳴らし、びくびくと下肢を痙攣させる。
「……見ての通り、こちらは敏感すぎるくらいだ。 骨の髄まで男、というべきかな。 …だからこそ捻じ伏せがいがあるというものだが、ね」
 クス、と口角を吊り上げる金髪の男。 対峙する者の神経を逆撫でしつつも、それはどこか蠱惑的な微笑。
 ―――似ている。 と、冴えたまなざしを返すゲオリクの内部で、意識のどこかがいやに冷静に納得していた。
 今、強引に肉体を開かれている男は決して認めたくないだろうが、この嫌らしい物言いと笑い方は、ゲオリクを組み敷いたあの時の彼、まさにそのままだった。
 ダッシュウッドが何故、力ずくで相手を犯すほかに己の情念を伝える術を持たなかったのか、今ならばわかる。
 こんな男の爛れた所有欲を、その身で幾年にもわたり受け止め続けてきたがゆえの、然るべき歪みなのだと。

「狂っている………とでも、言いたそうな目だな」
 赤毛をかき分けて耳朶を含み、舌で執拗にねぶりたてながら、瞳と同じく紅い唇がゲオリクとの対話を続ける。
「『育ての親』である私が、こうして『息子』を抱くことが、か。 それとも……、男が男を欲の対象とする、この行為そのものがかね」
「……両方とも、だ。 力で捻じ伏せた男に欲情を覚えること自体、そも異常だとしか言いようがない」
 忌々しげな返答に、サンドウィッチはクッと押し殺したような笑い声をたてると、犯している男の前方に伸ばした手の中へ、昂ぶりきった雄をとらえた。
 先走りにぐっしょり濡れそぼっている拘束具を、片手だけで器用に外す。
 ひくり、とダッシュウッドの全身が跳ねて―――待ち焦がれた解放感に充たされていく、よりも早く。
「あ、……ッ!?」
 抽挿のペースが速まり、荒々しい律動も加わった。 白い膝で腿を左右に割るように開かせ、腕は熱い身体をかき抱き、情動に任せて激しく揺さぶる。 焦らされ続けた末に循環を許された欲望は、ダッシュウッドの体内を恐るべき勢いで猛り出す。 その熱の中心をサンドウィッチの手が握りこんで、したたかに扱き上げた。
「ふ……っ、……ん、ん……ッ、」
 強すぎる快感に翻弄され、もがくようにシーツを掻きむしる男の、緋色の髪がやるせなく揺れる。 限界を感じているのだろう。 浅く、切れ切れの喘ぎが、すすり歔きに似た掠れをおびていた。 腰によどむ甘い疼きの奥から、覚えのある熱がせり上がってくる。
 ―――解放の瞬間は、意図的としか思えぬタイミングで金髪の男が扱く手を止めた為に、ゲオリクの視界にも鮮明に灼きついた。
「……っく、ぁッ、…ッあ、……ッッ…!!」
 ベッドがひときわ高く軋みをあげる。 歓を極めたような嬌声とともに、びくんと背を波打たせたダッシュウッドの先端が白濁を散らした。 細い指先にさらなる愛撫を加えられ、何度も小刻みに熱を噴く。
 深々とそこを貫く肉欲の楔もまた、やわらかく熟れた内襞を数回強く擦り上げ、達した。

 ひくつく窄まりの奥へと欲望の飛沫を注ぎ終え、満足げな吐息をひとつ、落としたあと。
 たっぷりと堪能した部下の躰を胡坐の上におさめたまま、「さて……」と、乱れた金糸の髪を軽くかき上げる。
「そろそろ、潔癖な客人の鋼鉄の理性も崩れてきた頃か。 ……なぁ、アガシオン?」
 妖なる毒をはらんだ、その嗤笑の向こうで。
 潔癖な客人はサンドウィッチの揶揄さえ耳に入らず、ただ魂を囚われたかのように熱っぽい瞳を、『アガシオン』のみに惹きつけられていた。

 

 

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