多くの意味合いで、よく知っているはずの男だった。
 望んだことでないにせよ、なにせ二度にわたって肉体を繋げたのだ。 押し入ってくる瞬間の質量、などと愚にもつかぬ下世話から、揺れる吐息の熱さ。 欲情に濡れた琥珀は意外なほどに冷静で、こちらには理性を捨てろと囁きかけながら、どこか沈鬱とさえ感じさせる面持ちで、苦味を噛みしめるかのようにこの身を抱いていた。
 ……しかし、今、目の前にいる男は。
 雄を後ろに受け入れ、吐精の余韻にくたりと酔い、瞼を伏せて息を乱しているのは。
 ゲオリクの知らない男だった。 こんな―――、
 腰の底から熱い震えが這いのぼってくるような、脊髄が波打ち疼くような、
 壮絶な艶にまみれた顔を、姿を知らない。
 そもそも、そんな卑しい下心をもってこの男を見たためしがない。 ……なかったのだ、今この瞬間まで。

「その気になったか?」
 揶揄いを含んだ声。 ぎくりと我に返れば、ダッシュウッドを背中から抱き込んだままの金髪の男は、ゲオリクの感じた欲の兆しを目ざとく拾い、してやったりの嘲笑に瞳を煌かせていた。
「抱いてみたくなったか。 と訊いている」
「……な、んだと?」
「無論、コレをだ」
 乱れほつれたワインレッドの前髪を梳き、直してやりながら、時折あらわになるこめかみに軽く口づける。
 先刻とは打って変わって愛しい者を慈しむようなその所作が、わけもなく鼻につく―――気がした。
「悪い話ではないと思うがな。 どのみちこの男とて、最前の儀式ではお前が私に抱かれるさまを見て、ひそかに欲情していたのだよ。 お前が気を失った後、我慢しきれなかったのだろう。 目を潤ませて私に懇願してきたよ、先に自分を犯してくれとな」
 いくら愛していると喚こうが、感情で肉欲には抗えぬ。 人間なんぞ所詮そんなものだ。
 大仰に肩を竦めるサンドウィッチの言葉はゲオリクの眉間に深い皺を刻んだが、ゲオリクはそれ以上の反応を返さず、睨むだけにとどめた。 それを強がりととった金髪の男の表情に侮蔑の色が増す。
「“汝の欲するところを為せ”―――おのが情欲から目を逸らすは欺瞞。 ここでは大罪だ、ゲオリク。 …もっとも、身体のほうは至って素直なようだがな」
 事実だった。 目の前で見せ付けられた情交の激しさが、熱の半ばで放り出された下肢を切なく疼かせている。 悦楽に善がり狂う褐色の肉体は、改めて眺めれば頼りないほどに細く、それでいて牡鹿のようにしなやかで。 ―――抱いてみたい、男の本能をそう掻き立てる何かがあることも、否めない。
 けれど。
「……丁重に辞退させていただく」
 自身の興奮を認めざるを得なくなっても、ゲオリクはあくまでかたくなに、サンドウィッチの誘惑を撥ね退けた。
 この期に及んでの悪あがきと言われようと、理性はまだ生きていて、捨てられぬ最後の矜持を主張していた。 身体は不本意に奪われたかもしれないが、心までも迎合するつもりはない。 もとより、自分は望んでここへ来たわけではないのだ。 それを忘れて淫を貪れば、まさしく本末転倒だ。
 蒼眸の拒絶が揺らがないのを見て取ると、サンドウィッチはやれやれと苦笑してみせた。 我を張る小さな子供に呆れつつも微笑ましく眺める親のような、愛情とも軽侮ともつかぬ表情だった。
「今宵の客人は随分と罪深い……まあ、初日ということで大目に見ようか」
 しかたあるまいな、と口では嘆息しながら、それまで腕の中に抱いていたダッシュウッドから自身を抽き出す。 くちゅりといやらしい音とともに、浅黒い尻をつたってゆく白濁。 卑猥な光景をことさら遮断するようにゲオリクは、相変わらず薄笑いを浮かべたままの白い顔だけをまっすぐに、視線で威嚇した。
 鮮血色の眼が、剣呑に微笑んで。
 前のめりに崩れ落ちかけた部下の背中を突き飛ばし、ゲオリクの脚の上に倒れ込ませた。 驚いたゲオリクが身をよじろうとするより早く、「銜えろ」と高圧的な命令が飛ぶ。
「お前の大好きなザベリスク伯爵のものだ…。 せめて、口で達かせてやるがいい。 得意だろう?」
「な……」
 たじろいだのは、ゲオリクの方だった。 媚毒に理性を奪われているダッシュウッドは、虚ろにとろけた表情で、命じられるままにゲオリクの大腿部へと乗り上げると、いささかの躊躇もなく、口淫を始める。
「―――! ……ッ…、」
 瞬時、下肢を走った熱の甘美さ。 思わず恍惚の吐息を噛み殺せば、制止の言葉もまぎれて消えてしまう。
 しかしそれも、雄の悦楽を引き出すことに慣れた舌の動きに翻弄されるうち、意味を成さぬ音となってシーツにいくつも散らばっていった。 ドクドクと速まる鼓動を耳の奥に感じる。 芯の生まれた中心が、硬く昂ぶってゆく。
「……んんっ、ッ…!」
 苦しげにくぐもったダッシュウッドの声。
 奔流のように襲いくる快感から意識を逸らすために固く閉じていた目を開けると、白い痩身がダッシュウッドの背に覆いかぶさり、獣の交歓のかたちで貫こうとしていた。
「……どうした? 続けたまえ」
 アガシオン。 と呼んだ部下の裡へすべてを収めきった後、男は緩やかだが不規則なストロークで動き始める。 背後から静かに揺さぶられ、ダッシュウッドは口の中のものを零れ落とさないよう、やんわりと噛みしめながらの口戯に切り替えた。 ダイレクトに伝わってくる振動と、時折はずみで強く歯を立てられる感触が、次第にゲオリクからも羞恥を奪い、荒れ狂う興奮に追い立ててゆく。
 無意識のうちに、律動に合わせるように腰を動かしていた。
 心で蔑んだ男と一緒になって目の前の獲物を責め貪っているかのような感覚に、罪悪感と自身への吐き気がこみ上げてくる。 だがそれと同時に、躯の深奥で煮えたぎる何か―――対抗心、としか言いようのない衝動が、狂おしいまでにゲオリクを灼いた。
 燭台のわずかな灯りの中でさえ、夜にまばゆく映える、金の髪。
 …幼い頃から、親友たちのそれで見慣れているはずの色。
 その色を見て、これほどまでに煩わしく、忌まわしく感じたのは、生まれて初めてだった。

 ダッシュウッドの首の後ろに愛咬を重ねていた男が、降りそそぐ敵意を感じてか、ふと視線を上げた。
 深紅と蒼藍の瞳が、場にそぐわぬ冷ややかさをおびて交錯する。
 ややあって、氷のような鋭さはそのままに、吊り上がった緋色が笑みを含んで細まった。
「見ろ、アガシオン」
 奉仕に没頭する男の赤毛をおもむろに鷲掴みにすると、ぐっと顔を上げさせる。
 濡れそぼった舌を犬のように覗かせている表情がひどく扇情的で、ゲオリクは一瞬、あらゆる思考を奪われた。
「良かったな。 ザベリスク伯は、お前の痴態をいたくお気に召したらしい。 ……どうせなら、もっと大胆に乱れて見せてはどうだ? ―――彼に抱かれて淫らに善がる自分を想像しながら、な」
 こうして私に抱かれていても、他の男に抱かれる時も、お前はいつも『ゲオリク』に縋りついているのだろう?
 サンドウィッチの声音は、不気味なまでに優しく。
 告ぐべき言葉が見つからないゲオリクの前で、囁きはなおも悦楽に麻痺した男の脳髄を愛撫する。
「ダッシュウッド……。 今、お前を抱いているのは、『誰』だ?」
 違う、とゲオリクは叫びたかった。 勝手な妄想の中で道具として使われることに異議を唱えようというわけではない。 お前をそんな風に抱いているのは、いいように扱っているのは、俺じゃない―――ダッシュウッドにこそ、そう訴えたかった。  ……しかし。
「あ、ぅ………旦、那……ァ…」
 ゲオリクでない何かを見つめながら、陶然と空を仰ぐ琥珀の瞳の前に、すべての言葉は喉元で止まる。
 金髪の男の指がダッシュウッドの髪から離れ、胸の突起をなじるように強く押し潰す。 下腹部へと伸ばされた片手は、握り込んだ雄を乱雑に扱き立てる。 じわじわと激しくなっていく苛みを受けても、男は力なく首を振って「旦那、旦那ッ……」と譫言を繰り返すばかりで、抵抗らしい抵抗をしようとはしなかった。
 もがく両手が縋れるものを求めて、ゲオリクの腰に掻きつく。
 その瞬間、サンドウィッチの纏う空気が一変し、凶悪なぎらつきを増したように見えた。
「……折角、本人が目の前だというのにな。 つくづく、馬鹿な子だよ……お前は」
 吐き捨てるように一人ごちた後は、己の快楽を遂げるためだけに動き始めた。 狭い肉壁を押し開き、暴力的な衝動のままに何度も抉る。 蕩けきった秘部は抽挿のたびにぐじゅぐじゅと悲鳴を上げ、ゲオリクにさえ鼓膜から犯されるような錯覚をもたらした。
 背を引き攣らせて快楽に酔いしれる部下の耳朶に、サンドウィッチが唇を寄せて何かを囁きかけた。
 ゲオリクには聞き取れないほどの小さな声だったが、ダッシュウッドの表情がみるみる歓喜にほころんで、
「…は……ッ、ぁ……オレ、も、…っす…。 旦那……、」
 好きです。 愛してます―――。
 喘ぎと嬌声の中、途切れ途切れに言い募るそれらの言葉で、何を言われたのかは予想がついた。

 確かにゲオリクを映していながら、けれどゲオリクを認識できていない瞳。 その告白を聞き続けているうちに、不意に胸のどこかがずくりと軋むような、鈍い痛みが沸き起こる。
 薬で理性を壊され、本能と欲望だけを引きずり出されて。 こんな風にあられもなく、心の奥の想いを強制的に吐露させられている男が、(かな)しいまでに哀れで、いたたまれない。
 そして同時にゲオリクは、瞠いたサンドウィッチの紅い双眸の奥に、激烈な熱さで渦巻く感情を見た。
 おそらくはこの男も、この男なりに真剣にダッシュウッドを愛しているのだろう―――狂気としか表現できない、歪んだ激しさでもって。
 垣間見えたのはゲオリクにそう確信させるほどの、鬼気迫る執着の色だった。

 しかし、重苦しく胸に沈む思案が、肉体から熱を忘れさせていたのはそこまでだった。
 幾度となく後ろへ引き戻されるたび、ダッシュウッドは必死になってゲオリクの腰に、腿にしがみつこうとする。 火照る肌と肌の間で不規則にこすれるゲオリクの雄は、唾液と先走りの雫にまみれて屹立していた。 触れ合う部分を通して伝わる熱さと、切なく自分を呼び続ける声とに、まるで自分自身がダッシュウッドを抱いているような感覚が生じて。
 どうしようもなく、煽られる。
「あ、ぁ、……も…ぅ……、…ん、んんッ……!」
 ダッシュウッドにも最後が近いように見えた。 わななく指先をゲオリクの膚に食い込ませ、喘ぎを引きつめる。 腰にきつく額を押し当てて、ぎゅうと抱きしめる肩がこわばった、その直後。
「ッ、く、……っああ、ぁ、……ッ!!」
 びくん、と全身を大きく仰け反らせて、遂情した。
 その躯の奥深くに入り込んだサンドウィッチもまた、粘膜の激しい収縮を受けて、欲望を吐き出したようだった。 しばらく吐精と内部へ注ぎ込まれる熱に、ダッシュウッドの全身は細かな痙攣を繰り返していたが、その余韻が去ると―――糸の切れたマリオネットのように、力を失って崩れ落ちた。
「……、……ゲオ……リ、ク……」
 寸前に呟かれた、泣きたくなるほどにいとおしげな声の響きが最後の刺激になって、ゲオリクも達した。

 

 

 吐息だけが気だるく静寂に満ちる、空白の刹那。
 ゲオリクは、もつれるように自分の上へ折り重なったまま、ぐったりと動かない男を見た。 その顔や髪、上半身のいたるところに散っているのは、己の放った白濁。 ―――汚してしまったな、という自責が、次第に凪いでいく頭にじわりと苦みを拡げる。
 だが信じがたいことに、その光景に対してある種の充溢感、そして……いくばくかの物足りなさ、が身のうちで燻るのを、はっきりと自覚してもいた。
 ―――……なるほどな。 結局、このイカれた党首殿の思惑通りになった、ということか。
 いったんは冷えた頭が、ふつふつと沸きあがる敗北感と悔しさ、諸々の負の感情に煮え滾り出す。
 ダッシュウッドを悦楽の闇に堕とし、彼を餌にすることで、ゲオリクの内なる欲を誘い出す。 それも、ほかならぬゲオリク自身が、決して目を逸らせない形で。 この地下世界のルールを忌み蔑む自分もまた、所詮は同じ穴のムジナなのだと、みずからによって思い知らされる形で。
 おそらくは最初から、それこそがサンドウィッチの狙いだったのだろう。 執拗にゲオリクを挑発し、「気に入りの玩具」と呼んではばからない配下の男をけしかけたのも、すべては計算ずくだったというわけだ。 下手をすればゲオリクの反発さえ想定の内で、本当に抱かせる気などさらさらなかったのかもしれない。
 ―――この、好色狸ジジイ……。
 無駄に回りくどい嫌がらせも、あっさりと目論見に嵌まった自分の間抜けぶりにも腹が立つ。
 しかし何よりも、そんな身勝手でくだらない座興に道具として使われ、肉体も尊厳も弄ばれたダッシュウッドのことを思うと、目の前の金髪の男に対し、憤怒を過ぎて憎悪すら覚えた。

 気を失った部下から自身を引き抽いて、ようやく解放を与えたサンドウィッチが、寝台に上がってくる。
 そのまま戯れの延長のように、今度はゲオリクに触れようと近づいたところで―――ばしん、と横っ面めがけて飛んできたゲオリクの膝を受け止めた。
 刃物のごとく鋭利なまなざしを向けてくる黒髪の客人に、嫌われたものだな、と男は肩をすくめる。
「晴れて我らの同胞たる資格を得た若き伯爵に、祝福のキスでもと思っただけなのだが……」
「……どうぞご自由に。 その節操のない唇と舌を食い千切られたければ」
 剥き出しの殺気を隠そうともせず、獰猛に言い放つ。
 そんなゲオリクの態度に何を見たのか、瞠目したサンドウィッチは次の瞬間、火がついたように呵呵大笑した。
「その、目……そっくりだ、お前はやはり面白いほどそっくりだな、ゲオリク……!」
 あれもここへ来たばかりの頃は、よくそういう小生意気な顔で、この私にたてついてきたものだ―――。
 過日を懐かしむ口調で、男はふと双眸を細めた。 遠い誰かの面影をゲオリクの中に見ようとするかのように、わずかに眦の険が和らぎ、愛しさに似た色さえ、そこに浮かんだように見えた。
 だが、それもつかの間。 人間らしい感情の温かみはすぐになりを潜め、元の作り物めいた冷笑に戻る。
「……一応、ザベリスク伯のご立腹の理由を訊いておこう。 組織の代表として、同胞の不満は善処せねばな。何がそれほど伯爵の気に障ったのだね?」
「言ったところで、あなたにご理解いただけるとは到底思えませんね」
「―――察するに……最たる原因はコレ、か」
 うつぶせに倒れている男の傷だらけの背を撫でる。 ゲオリクはわかりやすく表情を変えることはしなかったが、全身を覆う刺々しい緊張感が、目に見えて増した。 それはサンドウィッチの問いかけに対する、無言の肯定。
 金髪の男の唇が、これ以上ないほどの蔑みに冷たく歪んだ。

「そういえば、以前私がザベリスク邸を訪ねた時にも、お前は不自然にこの男を庇い立てていたな。
 ……まさか伯爵ともあろうものが、こんな下賎の売人風情……それも他人の持ち物である男相手に、懸想したとでも言い出すつもりか?」
「ふざけるな!! 誰がこんな男に、…っ………!」

 反射的に激昂し、食って掛かろうとした買い言葉が、途中で喉奥に詰まったように、途切れた。
 いまだ微動だにしないダッシュウッドは、乱れた前髪が顔を隠していて、完全に意識を失くしているのか、自失しているだけなのかは判別できない。
 ―――もし、今の言葉を聞かれていたら。
 その危惧が、氷の楔のように心臓を射抜いた。
 ……何故、と痛みの訳を自問するだけの余裕は、このときのゲオリクには残されていなかったが。

 唇を噛んで押し黙るゲオリクに、サンドウィッチは鼻先で嘲笑を向けると、腰のベルトに吊り下げられた鍵束から小さめの鍵をひとつ外し、シャラシャラとちらつかせてみせた。
「この後、別件を控えているのでな、私はしばらく退席させてもらうとしよう。 手錠の鍵は置いていってやるから、そこの男に命じて外させるなり、外さずに乳繰り合うなり、お前の好きにしたらいい。 ……弱いところにたっぷり薬を塗り込んでやったから、あと半日はトリップ状態だろう。 せいぜい可愛がってやってくれたまえ」
 揶揄うような含み笑いを喉の奥で弄びながら、ダッシュウッドの髪を掴み、強引に引きずり起こす。
「そら、起きなさいアガシオン。 後のもてなしは任せるぞ。 大切な客人だ、くれぐれも粗相のないようにな」
 優しげにすら聞こえる声とともに、サンドウィッチは空いた手で部下の喉を捕らえると、ゆっくりと唇を重ねた。
 差し入れた舌を巧みに蠢かせ、舌をすくい取るようにして啜り上げる。 頭部を上下から固定されているために顔を背けられないダッシュウッドが、深すぎる口づけの苦しさに身をよじり、悶えた。
「………サンドウィッチ……」
 やり場のない焔にわななくゲオリクの声と、寝台へ繋がれた鎖の音。
 手枷がなければ、とうにこの忌々しい金髪の男をねじ伏せて、その辺の燭台で串刺しにしているところだ。
 射殺さんばかりの眼光にも動じるそぶりすら見せず、サンドウィッチはうっすらと皮肉な微笑を浮かべたまま、部下の身体と鍵をぽんとゲオリクの足元へ放り出して、ベッドを下りた。
 床に落ちていたファーコートを拾い、軽くはたく。 その指先が、ああと思い出したようにキャビネットを示した。
「そこの『Vanilla』はお前にやろう、私からのささやかなサービスだ。 量が不足であれば、後で言いに来なさい。 改めて屋敷まで届けさせよう」
 相変わらず、返答など頭から期待していない口ぶりで、言いたいことだけを言い捨てて。

「野暮用が片付き次第、また呼びに来る。 それまではどうぞごゆっくりお寛ぎを……ザベリスク伯」
 ゆるりとコートを羽織ると、ゲオリクの睥睨を空々しく受け流して、金髪の男は悠然と立ち去った。

 

 

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